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開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。
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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。
(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
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この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
数日後、自宅で動けなくなって彼女はこの病院に搬送されて きた。どうやら他の病院の外来に翌日いったらしいが、治療 できないといわれて帰されたらしい。そのまま家で粘っていた らしいが動けなくなった。救急車を要請し、結局一番 自宅に近い当院に搬送されてしまった。救急当番の先生が最初 にみて大腸癌の終末期で、紹介状をかいている外科の私に当然 話が回ってくる。いままでの経過からは正直いわせていただい て係わり合いになりたくない患者さんではあるが、腹水も溜ま って、胸水も溜まって呼吸困難も起こしている状態で運び込ま れては家に帰せない。入院にするしかない。「このままでは 帰れないですね。入院でみさせていただいた方がよさそうで すね。」「そうですか。ともかく苦しいので楽にして下さい。」 外来で入院を勧めたのに、キャンセルして他のところに行こう として紹介状をよこせと外来で騒いだことなど忘れた感じで 悪びれもなさそうだった。酸素投与を行い、点滴を開始。 レントゲンでは右に多量の胸水があり、呼吸状態があやうい と判断しトロッカードレーンを挿入し排液する。利尿剤の 投与を開始。痛み止めに塩酸モルヒネを点滴、注射から使用 して何とか苦痛をとることに努めた。とりあえずの処置を終え 看護師に「病状を家族に説明したいんだけど、付き添ってきて るよね。」聞かれた看護師は答えた。「いえ、独り暮らしって 聞いてますけど..。」「えっ。だれに病状を説明しとけば いいのかな。」「ご家族は名古屋の方にいるらしいですけど ほとんど連絡とってないそうです。」「そう。でも下手すれば 明日にでも急変するかもしれないような状態だから..。連絡 しないわけにはいかないよね..。」やむなく本人のところに いく。一応の緩和治療は効を奏して本人は少し楽になったよう だった。「○○さん。病状についてご家族にお話しなけらば ならないので連絡をしたいんだけど。」彼女は言った。 「家族には連絡しないでください。」 (次回に続く)
【2005/03/10 22:54】
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次の日にその人から入院の手続きのキャンセルの連絡が きた。ついでに別の病院に受診するので紹介状を明日まで に用意してくれとの連絡だった。その連絡をうけて私に 看護婦から手術中に連絡がきた。その日は2つの手術が連続 して入っていた。「紹介状といったって前の病院から来た ばかりだし経過をこちらも充分理解してないし、いきなり 今日の明日といわれても用意できない。せめて明後日まで まってもらうように言ってください。」と伝えてもらうよ うにたのんだが頑として聞き入れないという。外来でかなり 怒鳴り声をあげ外来業務が停滞して困ると再三の電話が 手術室にかかってきた。私は不機嫌に「わかりました。 書いておきますと伝えてください。」と外来の看護婦に 伝えた。彼女は「なんだできるなら最初からそういえば いいじゃない!」捨て台詞を吐き捨てて帰ったらしい。 私は手術を終え、患者さんのご家族にお話し、他の入院 患者さんの回診を病棟の消灯時間前に終え、標本整理と 手術記録記載をして術後患者さんの処置を終えて日付が 変わろうとしているときに警備室から外来の鍵を借り、 外来カルテを取り出して、前に紹介した病院の紹介状 を参照しながら紹介状を書いた。 (次回につづく)
【2005/03/10 00:01】
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