Hit数5000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。 →
こちら
Hit数10000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。 →こちら
開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。 →こちら

誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
嘘(12)
 彼女は普段はうとうと眠っているが、声をかければ目をあけ
話しかければ話が出来る状態に保たれた。周りの者にすれば
今まで不機嫌そうにして、不満をぶつけたりあからさまに無視
していた以前と比べれば扱いは楽になったのは確かであった。
 娘さんは彼女が(見た目には)安らかに見える状態になった
ことに安堵した。話しかければ取り合えず会話も成立する。
 目をさましてでてくる彼女の要求は口がかわいたからガーゼ
で湿らせてくれ、まぶしいからカーテン閉めて欲しいなど具体
的要求に限られていたので、病状について問い詰められていた
以前と比べれば娘さんの精神的なプレッシャーはかなり軽減し
たと思われた。娘さんとしては今回の処置に関しては満足して
いて、もっと早くから薬を使って楽にさせてあげればよかった
かもしれませんねと漏らすほどであった。だがそう言われる
私自身は複雑な心境であった。他にも方法はあったのではな
いかという思いは強かった。この入院期間、患者さんの思い
を確認することも、患者さんと真剣に話し合える機会もない
ままなし崩し的にこのような状態になってしまったことが
なんとも苦痛であった。だがこうなってしまってはこのまま
の治療(緩和ケア?)を継続するしかなかった。ここでセデ
ーション(患者さんの苦痛をとるため鎮静剤を使用すること)
を中止しましょうと娘さんに提案しても承諾は到底得られな
いであろうし、強行に説得してそうしたところでまた患者さ
んが騒ぎ出して一騒動となれば娘さんはそれみたことかと言
い出すであろうことは火を見るより明らかであった。(本人
の思いを抜きにすれば)今の状態が保たれることが周りにと
っては一番好ましい状態となってしまっていた。スタッフの
間でも大腸がんのターミナル患者でこのまま緩和ケアを継続
してみていくことが確認された。あとは静かに経過を観察し
衰弱していくのを診ていくことになる。彼女の思い、私の
苦悩、ご長女の思いこれらに関係なく癌は彼女の体の中で
成長をつづけ彼女を衰弱させていった。
(次回につづく)
スポンサーサイト
【2005/04/30 22:07】 | トラックバック(0) | コメント(2) |
嘘(11)
 私はやるせない思いを抱きながら娘さんに言った。「いい
ですか娘さん。ご本人が一番つらいのはどうして今こうなって
いるのか、これからどうなっていくのかわからないままに病状
が進んでいくことです。なんの見通しもないまま医者や家族の
話も信用できないままにされていることなんだと思いますよ。
 今はともかく落ち着かせないとどうしようもなかったので薬
で眠らせましたが本人とも冷静に話し合ってあげるべきだと思
いますが...。」「話合いですって!本人はあんな
に苦しんでいるんですよ。もう眠らせてあげたほうが本人だ
って楽に決まっています。つらそうにしているのを見てるほう
だってつらいんです。本人の苦痛をとってあげるためにも
眠らせてあげてください!なんであんなに辛い思いをさせた
上に、本人を落ち込ませる話をしなくてはならないんですか!
今寝ていてあんなに落ち着いた表情しているのに、わざわざ
起こして辛い思いをさせてどうなるっていうんですか!」
 娘さんの意見は本人に病状が説明され、患者さんがつらい
からすこし眠らせて欲しいと本人自身が希望されているなら
正しいだろう。だか本人の意思を今確認できるすべはなかった。
 いくらこちらが話をしても娘さんの思い込みは覆ることは
なさそうであった。私は完全に眠らせてしまうのは本人との
意思疎通ができなくなるし、すこしまどろむ位でお話できる
程度の薬を使いたいとお話した。本人がつらそうで仕方なけ
れば薬の量は調節するのでと説明し、感情的になっている
娘さんをなだめすかし納得させた。娘さんを送り出した後
私はドッと疲れに襲われ、ソファーに座り込んだ。
(次回につづく)
【2005/04/29 16:17】 | トラックバック(0) | コメント(2) |
嘘(10)
 患者さんを薬で沈静させ、点滴を再挿入し、点滴からセレ
ネース(鎮静剤の一種)を持続で点滴しとりあえずその日は
寝かせることにした。ご長女とお話する。「とりあえず、薬
で寝てもらいました。今後のことなんですが...。病状的に
は癌性腹膜炎にともなう腸閉塞で今の状態で症状が改善する
ことはないでしょう。しかしながら今のところ胆管が食われて
閉塞性黄疸がでるとか、肝臓に転移して肝不全になるなどの
致命的な状況にはなっていません。とりあえずは高カロリー
輸液と経鼻胃管での減圧で見ることになります。ですが本人
は病状については納得できていないようです。ご本人はここ
での治療は限界に近いように思われますが...。今の状態では
どうやって病状を伝えたものか悩ましいところです。」
 長女は言った。「もうこんな状態でどんな説明をするん
ですか。ただでさえあんなに取り乱しているのに、余計な
説明しないでください。」本当はちゃんとした説明ができ
ていないところに患者さんの不満があるのであるが、ご長
女はそれを理解できないようであった。また患者の
狂乱ぶりをみて興奮気味になっていた。「本人はもう一旦
家に帰りたいといっていますし、点滴と経鼻胃管の管理は
お教えしますので一旦の退院も検討しますか?」「そんな
ことできるわけないです。ここのところずっと私にも話を
してくれなくなって..。それで今日はこんな騒ぎです。
家で取り乱されても困ります。」病院で患者が暴れるのは
いいのか。病院に丸投げされても困る。だが、すでにご長
女は家で母親を見る気力は無くなっているようだった。す
でに母親と長女の信頼関係はズタズタになってしまっていた。
「わかりました。でも本人は勝手に家に帰ってしまうかも
しれませんよ。入院をつづけるのにはずっと薬で眠らせる
しかないです。本当にそれでいいんですか?」「それでお
願いします。」一体、私は何のために手術をして薄氷を踏
む思いで術後経過をみていたのか。なぜ苦労して一旦食事
が食べられるようになったのにその貴重な時間を無為に費
やさせてしまったのか。どうして本人の意思と関係なく薬
で無理やり寝かせなくてはならないのか。わけがわからず
眠らされる患者さんの思いを鑑みるとあまりにもやるせな
くただただ腹立たしかった。
(次回につづく)
【2005/04/28 23:03】 | トラックバック(0) | コメント(2) |
嘘(9)
 昨日は緊急手術でそのまま泊り込みになってしまい
更新できませんでした。すいません。取り合えず帰って
これたので寝てしまう前に更新しておきます。

 彼女は食事がたべることができなくなっただけではなく
嘔吐を繰り返すようになった。手術で狭いところの迂回路
をつくったが、そのバイパスの上流で腸管が食われたもの
と思われた。鼻から胃にチューブを入れ(経鼻胃管)胃の
内容物を排出できるようにした。これで嘔吐は落ち着いた
が彼女のイライラは次第につのってきていた。

 そして、ついに彼女の怒りが爆発する。それはある日の
午後のことだった。腰椎麻酔の小さな手術をしているとき
に病棟から電話がかかってきた。「先生、○○さんが病棟
で騒いでいて大変なんです。病棟に降りられますか?」「
今、手離せないんだが、20分後ならいけるけどどうしたの?」
 「点滴も胃管も引き抜いて、もう帰ると言い張って聞か
ないんです。」「娘さんはいるの?」「娘さんもきていて
話しているんですけど全然言うこと聞かなくて、ともかく
先生を呼べって...。」「手術終わったらすぐ降りるから
といってください。今は無理です。」急いで手術を終え、
患者を病室に送りご家族に手術の説明を行ったのち、慌てて
彼女の病室に向かった。彼女は私をみるなり開口一番にがなり
たてた。「来たな、このやぶ医者!ちっともよくならない
じゃないか。もうあんたらに体をいじくり回されるのは
ごめんだ。もう私は帰るから!」「お母さんやめて!」長女
は言った。「すいません先生、母が失礼なことを。」「なにが
失礼なもんか!どうなんだい。もうわたしゃだめなんだろう。
気休めばっかり言いやがって、ちっともよくなりゃしない。
 手術までして、元に戻ったんじゃ意味ないじゃないか!」
 とても冷静に話ができる状態ではなかった。彼女の気持ち
はよくわかった。この間彼女はずっと彼女にとっての
大切な決定事項の蚊帳の外に置かれ続けて来たのだ。不安に
苛まれつづけてどうしていいのかわからない状態にされて
いた。それがついに爆発してしまったのだ。しかしこの場を
なんとか治めなくてはならない。「○○さん。家にはいつでも
帰れます。一旦冷静になって話合いませんか?」「もうだま
されないよ。あんたの好きにはさせないから。」これは難しい
状況だなと思った。娘さんに言った。「どうですか、本人は
もう入院は耐え切れないようですし、一回家に帰って冷静に
なってもらっては?」多分、無理に引き止めても彼女は病院を
自分で離院するのは目に見えていた。「それは困ります。家
で見れるわけないじゃないですか!だめですそれは..。」
 患者は入院はもう駄目だ、医療スタッフも信用できないと
いっている。家族は家には帰ってきては困るという。方法は
他にはなかった。私は看護師に言った。「セルシン(鎮静剤)
2分の1アンプルを筋注してください。」私はとりあえず患者
さんを薬で眠らせることにした。
(次回につづく)
【2005/04/27 22:49】 | トラックバック(0) | コメント(3) |
嘘(8)
 本日起こった尼崎での脱線事故は大変なことになっているよ
うです。亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。近傍の
救急隊と周囲の病院も大変なことになっているのではないで
しょうか..。大変さが想像できます..。

 彼女は術後3週間位でまずまずの食事量がとれるようになり
状態としては安定していた。とりあえず食事が摂取できるよ
うになって素直に喜んでくれた。しかし今の状態がどれ位の
期間続くかはわからない。腫瘍マーカー(体の腫瘍の量が増
えてくると数値が上がってくる酵素のこと。この数値が上昇傾向
にあると再発や病気の進行を疑う)は術前より上昇してきて
おり確実に癌は彼女の体のなかで増殖を続けていることを
示していた。手術でとりあえず一時的にせよ家へ帰れる
状態になったが状態がよい時間が限られていた。だがご家族
の不安と本人のもう少し入院して体力ついてから退院
したいという希望が強く、なかなか退院日を決められない。
 それとなく抗癌剤の使用も長女に相談したが、病名は告げ
ないつもりなので抗癌剤の使用ももういいということに
なった。そうこうしているうちに癌にともなう腹痛が出現
してきた。モルヒネを使い痛みを落ち着かせるのに2週間ほ
どかかった。モルヒネをディロテップパッチ(貼布剤の痛
み止め)に変更し、自宅でも煩雑でないようにした。痛み
のコントロールがついてきたところで今度は食欲が次第に
低下して食事が食べられなくなってきた。むくまない様に
利尿剤を使用しながら高カロリー輸液で点滴からの栄養に
切り替えた。食欲が落ちると共に次第に衰弱がすすんで
いった。この間、私は何度彼女に嘘の説明を続けただろう。
 だが私の説明も空しく彼女には聞こえていたかもしれない。
 衰弱していく自分自身の体が彼女により雄弁に事実を
つぎつぎと突きつけてくるのだから...。次第に彼女は無口
になり、私の回診のときも無言で対応するようになった。
(次回につづく)
【2005/04/25 23:03】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嘘(7)
 彼女は幸いにも術後の経過は良好であった。縫合不全(腸と
腸がつないだところがうまくつかず漏れてしまう状態)も起こ
さず手術4日目にはガスの排出を認めた。念のため1週間まって
食事を流動食からはじめた。なんとか詰まることなく排便を認め
食事も少しずつ食べられるようになってきた。術中の腹部所見
からは摂食できるようになるのは難しいと考えていたので有難い
誤算ではあった。だが今食事が食べられていても詰まるなり、
あるいは癌が広がっていく場所によっては遅かれ早かれなんらか
の症状が出現することは目に見えていた。彼女は手術で食事が
取れるようになって喜んでいたが、いい状態が続くのは限られた
時間でしかない。いい状態の内に早く自宅に帰してあげたい。
 そうしなければ何のために手術をしたのかわからなくなって
しまう。あの状態で食事が食べられているのが幸運以外の何も
のでもないのだ。同様の状態で食事が食べられないまま衰弱す
る人も多いのだから。
 抗癌剤の治療は今では経口薬(飲み薬)で注射と同等の効果
が望めるので外来で化学療法(抗癌剤での治療)もできる。私
は早めの退院を勧めたかった。私はご長女をお呼びしてお話し
た。「なんとか無事に手術は終わって、幸いにも経過はまずま
ずの経過となりました。抗癌剤の治療は外来でやることにして
早めの退院と目指したいと思います。」長女は言った。「退院
ですか?どうかもう少し体力がもどるまでおいておいておけな
いでしょうか?」私は一瞬耳を疑った。病状に関してはご長女
に何度もお話をしていた。体力がもどるまで?今が多分一番
患者さんにとっていい時期でこれから状態が悪くなることは
あってもよくなることはありえないのに?今を逃したら退院
自体が不可能になるかもしれないのに?今をのがしたらもう
衰弱していくだけなのに?少しの沈黙の後、私は静かにお話
した。「あの..。非常に申し上げにくいのですが、お母様の
状態は多分今が一番いい状態です。多分、今後、今の状態より
悪くなることはあってもよくなることはないと思います。
 今の時期を逸するともう病院から帰れなくなる可能性が
高いと思いますよ。せっかく手術を幸運にも乗り切って帰れる
状態になったんです。今のまま入院を続けるのはもったいな
いと思いますよ..。」「でも本人も今の体力じゃ帰れないね。
もう少ししてから退院にしてもらいたいっていってるんです。」
 それは彼女が自分の病気について正確な情報をもっていない
からである。自分が癌でそれなりに状態が厳しいということが
正確に伝わっていれば違う判断ができるかもしれないのだ。
「娘さんは本当にそれでよいのですか?」「その方が私も安心
ですし、自宅に戻ってなにかあってもどうしようもないです
から..。」私は感情を押し殺して静かに問うた「お母さんも
痛い思いをして手術を乗り切りました。我々も薄氷を踏む
思いで手術をさせていただきました。あの状態では手術をして
も食事も食べられずに衰弱してしまう可能性も高かったん
です。でも幸運にも食事が食べられるようになって点滴も
もうすぐ外れます。このいい状態がどれ位つづくかわからない
のにそのまま病院のベットに寝かせておくだけで本当にいいん
ですね...」結局、当事者である患者さんに正確な情報が伝え
られないまま、当事者である患者さんの全くあずかりしれな
いところで大切な決断が周りの人間で決定された。患者さん
は知らない間に家に帰れる最後のチャンスを失ってしまうこと
になる。
(次回につづく)
 
【2005/04/24 23:16】 | トラックバック(1) | コメント(3) |
嘘(6)
 開腹するとお腹の中はあちこちに腫瘍がばら撒かれており
腹膜全体が癌でざらざらの状態であった。3箇所で小腸が
腫瘍に食われ狭窄していた。一番上流の狭窄部の上の小腸と
横行結腸をつなげた。お腹の所見からは食事は食べられない
かもしれないと思われた。しかしやれるだけのことはやって
おかなくてはならない。手術を終えてご長女にお話する。
「お腹の中は癌だらけの状態でした。主に3箇所で小腸が
腫瘍に食われていて腸液が流れなくなってしまっていま
した。一番上流の狭窄部の上流の小腸と大腸とつなげる手術
をしました。これでうまく流れてくれればよいのですが..。」
「状態としては厳しいのですね。」「そうですね..。お腹の
中は腫瘍だらけの状態でしたから..。このまま食事が食べら
れないままの可能性もありますし、予後も厳しいと思います。
3ヶ月もたないのではないでしょうか..。手術後に一気に衰弱
が進む可能性もあります。手術から回復できれば抗癌剤を使
いたいところですが..。病名は本人に伝えないと使えないで
しょう...。なんとか病名に関しては正確に近いことをお話
した方がよいと思いますが..。」「今更伝えてもどうなる
というんですか?本人を落胆させるだけでしょう?」長女は
どうしても病名と伝えることは抵抗があるようだった。
「自分がなんでどんどん悪くなるのか解らないままに病状が
悪化していく方が本人にとっては酷かもしれないですよ。
 今、私もご家族もご本人に対して嘘をついている状態です。
本人はいずれ私もあなたも信用できないと考える可能性も
ありますよ。最後の時を病状の悪化の理由を納得できない
まま、周りの人間を信用できないまま迎えさせるのはどう
なのでしょう。今回の手術でお腹に悪性と思われる腫瘍が
認められたという形でお話させていただけませんか....。」
 「癒着で通してください。お願いします。」「抗癌剤に
関してはいかがしますか?」「なんとかうまく言っていた
だいて..。お願いします。」お願いしますと言われてもかなり
無理がある。昔ほどではないにせよ、抗癌剤にはそれなりの
副作用はある。癌をたたくために必要と思うからこそ患者さん
はある程度の副作用はやむなしという覚悟で治療にのぞむ。
 薬をつかうなら副作用の話としなければならない。そうし
なければあの薬つかいはじめてから調子悪い。薬が体に合わ
ないのではないかと患者さんは考えるだろう。いずれにして
も即決ではい解りましたとは言えなかった。
「いずれにしても手術から回復して少し落ち着いたところで
本人に今後のことをお話しなくてはならないと思います。少し
考えていただけませんか?我々もこのような病状の患者さんは
何十人とみています。決して悪いようにするつもりはないです
から..。」「そうですか..。」これは今後も難しそうだなと私
は思った。
(次回につづく)
【2005/04/23 23:12】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嘘(5)
 何度か病名に関して本人になんらかの形でお話した方がよい
だろうと相談をしたが、ご長女の癌とは言わないで欲しい
という意見が変わることはなかった。しかしながらこのままで
経過を見るのにも耐えられないということで手術に関しては
やる方向で話をすることで合意できた。時間を作って本人も
交えて手術のお話することにした。
 「このところ、何度も症状を繰り返していて病状が改善して
きているとはいえない状況です。今の治療を続けていても
この状態から抜け出せるとは思えません。癒着で狭くなって
いる部分の癒着をはがすか、狭い部分の小腸を切り取ってつ
なげなおすか、狭い部分の上流の小腸と大腸をつなげる手術
を行うことで腸液が流れるような状態するか、お腹を開けた
時点で一番適切と思われる手術をしたいと思います。」癌性
腹膜炎であれば癒着の剥離術ができるわけがないし、狭窄部
の切除再吻合などは考えられない。その下にも腫瘍で狭くな
っている部分があるのだ。手術出来てせいぜいバイパス手術、
最悪、開けて何もせず閉じる試験開腹に終わる可能性も高い
と考えられた。前2者のするつもりのない手術について、
説明の整合性を保つためにあえて説明しなくてはならなか
った。「手術すれば食事が食べられるようになるのですね。」
彼女は私に問うた。癌性腹膜炎の患者さんにバイパス手術が
できても食事が食べられる状態にならない人も多い。たとえ
良くなってもいずれまた腫瘍に別の腸管がくわれて腸閉塞を
起こす。手術しても良くならない可能性は高い。だがその事実
を伝えることは許されなかった。付き添っていた長女はい
った。「良くするために手術をするんじゃない。なにいって
るのお母さん。」そうではないのだ。本来なら手術しても食
べられるようになる可能性は決して高くない。下手をすれば
手術で病状がむしろ進む可能性もある。だが、今の状態では
改善の見込みがないのでうまくいく可能性にかけて手術を
しましょうという説明をするべきなのだ。できれば抗癌剤の
治療も追加で行うほうがよいだろうと。「もちろん良くする
ために手術をするのですが、癒着というのは厄介で、癒着の
ために行う手術で新たに別の癒着が発生して腸閉塞になって
しまう人もいるんです。だから癒着の手術のやりどきは難し
いんですよ。できれば手術しないで治療できればいいんです
がこう何度も繰り返すのでは仕方ないので..。」腸管癒着症
の説明ならこれは正しい。だが彼女の病状説明としては全く
の嘘であり真実ではなかった。彼女は説明に納得してくれた。
 しかしいずれこの説明も病気に対する治療も破綻していく
だろうことは予想できた。複雑な思いを抱きながら手術日を
迎えることになった。
(次回につづく)
【2005/04/22 22:26】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嘘(4)
 ご長女を呼びお話する。長女も困っているようだった。
「すいません。母親が先生に失礼なことを言っているよう
で..。」「それは構わないのですが...。今後どうしますか?
お腹のなかで腫瘍が何箇所かで大きくなってきていて小腸
に狭窄を複数の箇所でおこしている状態です。今のままで
は状態は悪くなるだけですが...。狭い部分の上流部分と
大腸をつなげて食べ物が通る道だけつくるという手もあります
が...。お腹の中に病気が広がっているとなると、手術をしても
食べられない可能性があります。肝臓の転移も大きくなって
きているようですし...。」「なんとか手術してもらえませ
んか?」「手術はいいですが...。手術をしてもよくならない
可能性もあるし、バイパス術自体は食事ができるようにでき
ても病気自体を治療するわけではないですから、また症状は
再燃してきます。ここら辺をしっかり説明しないで手術を
していいものでしょうか?」「なんとかうまく言いくるめて
いただけないでしょうか?」言いくるめる?それはそんなに
生易しいことではない。何を言おうが本人の病状がいやおう
なしに雄弁に本人に真実をつきつけようとしているのに!
 「難しいとは思いますがご家族がそれを望まれるのならば
....。手術による癒着で押し通すことで良いのですね..。」
 手術をする利益と起こりうる不利益を充分説明することな
しに手術に持ち込むのは非常に気が引けることだった。外科
のチームの症例カンファレンスでも相談したが家族が告知を
望まないのであれば告知はできないだろう。腸閉塞を繰り返
して保存的に症状の回復がのぞめないのであれば手術は行う
方向でかんがえるしかないだろうという結論に達した。本人
を交えて手術の説明をしなければならない。一向によくなら
ない病状に苛立ちを深める患者にどのように手術の話をする
べきか悩ましい状況ではあった。
(次回につづく)

 明日は当直なのでブログお休みいたします。いつも見てく
ださっている方々には申し訳ありませんが明後日、体力が
残っていれば更新します。2日お休みになってしまったらすい
ません。おかげさまでもうすぐ10000Hitになります。キリ番
の方は掲示板にコメント残しておいてください。
 暇があったら10000Hit記念のフラッシュもつくりたいと思
います。(いつになるかわかりませんが...。)
【2005/04/20 22:20】 | トラックバック(0) | コメント(5) |
嘘(3)
腹部CT上は腹腔内に腫瘍が何箇所か確認され、癌性腹膜炎は
間違いなさそうであった。癌による狭窄があるため症状の軽快
が望めるか解らなかったが、幸いにも胃管の減圧で彼女の腹部
膨満は軽減し、おならもでるようになった。ガスがでるという
ことは腸閉塞が解除されたことを意味する。経鼻胃管を抜去し
飲水を可とした。彼女は言った。「楽になりました。有難う
先生。」しかしながら癌の治療を行っていない現状では、病気
が進めばこの症状を繰り返し、次第に症状が増悪するのははっ
きりしていた。長女と話をし、彼女には手術の癒着で腸閉塞に
なったことにした。「前回の手術でできた癒着で腸に狭いと
ことができて詰まりやすくなっています。また今後繰り返す
可能性があります。少しずつ食事を上げていって充分に食べら
れるようになったら退院の方向で考えています。」症状も落
ち着き彼女は納得したようだった。しかしながら食事を始めて
間もなく症状はぶり返す。ガスと便が出なくなり、嘔吐し、再
度鼻から管が挿入される。そして数日するとまた改善し、食事
を始めるとまた痛みと共に腸閉塞が起こる。次第に彼女に苛立
ちがみえてきた。「先生、もう4回も同じことを繰り返している
けど本当にこれでいいんですか?」「そうですね、基本的に
は保存的にみて薬で調整をつけたいと考えていますが..。」
「全然、拉致があかないじゃないですか。狭いところを切って
つなげるなりなんか方法がないんですか?」「手術をすると
また別のところに癒着ができて結局同じことになることも
あるのでなかなか難しいところです。」自分でも説明らしい
説明になっていないなと思いながら言い逃れようとした。
「詰まる期間がだんだん短くなってきてるしこのままじゃ帰れ
ないでしょう。なんとかしてください。」彼女は長女や周囲に
も治療がうまくいかない。どうもこの病院はだめだなどと漏ら
すようになってきた。本来なら一旦食事をとめて抗癌剤の治療
をおこなうなり、やっても食事が食べられるようになるか別に
してバイパス手術をするなりアクションをとれる場面だったか
もしれないが、本人に癌と告知しないで抗癌剤を使うわけに
はいかなかった。患者の信頼も失いつつある状態の中でお互い
が苦しんでいた。
(次回につづく)
【2005/04/19 22:47】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嘘(2)
 腹部は膨満していて全体はやわらかいが数箇所しこりを
ふれる感じがした。単なる癒着性の腸閉塞ではなさそう
だった。付き添っていた御長女を呼びいれお話する。「腸閉
塞ですね。腸がどこかで詰まって流れなくなっている状態です。
 食事をとめて、補液します。鼻から管を入れて、胃や腸にた
まった腸液を排出して減圧し、流れが回復するのを待ちます。
 以前に手術をされていますね。これはなんの手術だったの
ですか?」ご長女が言った。「大腸の癌で手術しています。
去年の秋です。△△病院で手術してもらいました。なんでも
肝臓とお腹の中に転移があってもともとの腫瘍をとる手術
だけしたということでした。3~4ヶ月位の寿命だといわれま
した。」「本人はどういう説明をうけているのですか?」
「大腸に狭いところがあってそこを切ってつなぐ手術をした
ということになっています。病名は本人が落ち込むから話さ
ないということになっていました。ここのところお腹が張っ
て仕方が無くなってきたんですがあちらの病院にいって診て
もらっても説明もはっきりしないし、拉致があかないといって
不信感が強くなってきたようで..。今回苦しくなってもあそこ
には行かないといってこちらに来たというわけで..。」
 私は言った。「そうですか..。どうもお腹を触ったところ
ではいくつかしこりがふれています。お話から考えると腹膜
播種といって、癌細胞がお腹の中にばら撒かれて、おなかの
あちこちから癌が増大してくるという広がり方をしている
と思われます。お腹の外から明らかにしこりが何箇所か
ふれますので、それらが大きくなって小腸が食われて閉塞し
ている可能性があります。所謂、癌性腹膜炎という状態なの
でしょう。とすると今の治療で腸閉塞が改善しない可能性も
あります。」「するとどうなるのですか?」「可能なら食わ
れている小腸の上流と大腸をつなげてバイパスの手術を行う
ことができるかもしれませんが..。いずれにしてもまず今の
治療の効果をみた上で、他の検査もしなければはっきりした
こともいえませんから...。ところで病名に関してはこのまま
黙っておくのですか?」長女は言った。「ええ、なんとか癌
といわないでいて欲しいのです。」「病名を告げないと、治
療の説明が非常に難しくなりますよ。ご家族も本人にどう対
応していけばいいか解らなくなることになるかもしれません。
 一回嘘をついたら最後まで嘘を突き通さないといけなくな
ります。ご家族も耐えられなくなる可能性があります。実際、
本人は病状に納得できなくて前の病院を嫌がったわけですよ
ね。このままいけば同じことが繰り返される可能性もありま
すよ。」「でも言わないで欲しいんです。絶対言うとがっく
りくると思うんです。」長女は頑なだった。家族が病名を告
げるなということであれば医師はそれに従うしかない。この
日から母親と長女と私の苦悩が始まることになった。
(次回につづく)
【2005/04/18 22:14】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
嘘(1)
 無事に学会は終了しました。演題の発表も無事終了してほっと
しています。質問ぜめを覚悟して想定問答集もしっかり作成して
いましたがさらっと流されて肩透かしでしたがなんにせよ無事に
終わってよかったです。入院患者さんも落ち着いているので今日
はこのブログを更新すれば明日からの仕事の前に枕を高くして
寝れそうです。

 私は基本的には癌の方には病名の告知をすることにしてい
ます。(もちろん状況をみながら、話す時はしっかりと時間
をかけて考えてお話しますが。)よっぽど糖尿病や慢性呼吸
器疾患、脳梗塞による麻痺などの病気の方が客観的にみて悲
惨な病気だと私は考えています。(内科の先生は本当にどこ
まで治療していいのかの判断が大変だと思います。)これら
の病気の末期では本人は完全に家族からお荷物扱いされて亡
くなっていくことがほとんどです。癌みたいに尊厳死なんて
考え方が成立しません。本当に悲惨な亡くなり方をする人も
多いです。でも糖尿病とか肺気腫って案外簡単に病名告知さ
れていますよね。癌の方が早期なら確実に治せるし、抗癌剤や
放射線療法も以前と比べれば副作用も少なく、充分に効果が
望めるようになって治療の選択肢も増えています。そして
なによりも癌の場合は疼痛をとるのに麻薬を使えることが
あります。痛みを確実にとる方法が研究されている。そして
尊厳死という概念が一番しっかりしている疾患です。末期
癌なら本人がようやく楽になろうとしているところを人工
呼吸器につなげたり肋骨折りながら心臓マッサージをしな
くても皆が納得して看取ってあげられます。他にこのような
病気ははありません。以前、私が癌は慈悲深い病気だと
いったのはここに理由があります。
 そしてなによりも一番問題なのは一回嘘をつくと、嘘を
突き通さなくてはならなくなることです。最初に告知しないと
真実を話す機会を逸してしまうという点にあります。説明と
うらはらに病気は一向によくならない。家族はどうやって
本人と向かい合っていいのがわからずオロオロする。本人は
最後の時なのに周りの人もだれも信用できない状態になって
いきます。今回はそんな患者さんのお話を綴っていきたいと
思います。

 60代の女性が腹痛と嘔吐を主訴に救急車である病院に運ば
れてきた。腹部には右の側腹部に手術痕を認め、腹部全体は
膨満していた。腹部のレントゲンでは拡張した小腸像と
胃が認められ腸閉塞の診断で入院となった。
(次回につづく)
【2005/04/17 21:48】 | トラックバック(0) | コメント(2) |
桜(6)
 術後の経過も概ね良好であった。病理の結果もリンパ節への
転移も認められず、抗癌剤の治療も必要なさそうであった。
 2人目のお子さんを考えることもあるだろう。抗癌剤は生殖
機能も障害する。若い人には必要がなければ極力使いたくはな
かった。その結果にまたほっとする。彼は食事も食べられるよ
うになり点滴も序々に切ることができ退院の日が近づいてきた。
 退院前にお話する。「お疲れ様でした。経過は良好で無事に
手術もおわりました。」「有難うございます。」「とった組織
の検査の結果ではリンパ節転移は認められていません。手術
中に行った腹腔内洗浄細胞診も陰性でした。進達度も筋層に
は癌細胞は入っていませんでした。手術で充分とりきれて
いると思われます。術後の抗癌剤の治療は必要ないと考え
ます。」「そうですか.」「これで治療自体は終了ですが、この
病気の場合は再発ということを考えなくてはなりません。外来
で5年経過をみさせていただくことになります。まず再発する
可能性はないとかんがえていますが..。よく頑張られました
ね。引き続き外来にてみさせていただきますので宜しくお願い
します。」「こちらこそお願いいたします。」

 無事に彼は退院し社会復帰していった。定期的に私の外来に
通院をつづけた。特に再発所見もなく2年経ったとき私は病院
を転勤になった。今年で4年経つ。きっと元気でいてくれるだ
ろう。多分、いい父親をやっているのではないだろうか。今年
幼稚園に入園したであろう彼の息子と彼と奥様の肩に桜の花び
らは美しく舞っているのだろうか....。


 明日から学会出張で2日ほどブログお休みします。いつも見て
くださる方々には申し訳ありませんが、また日曜日にアップさせ
ていただきたいと思います。
【2005/04/14 22:35】 | トラックバック(0) | コメント(3) |
桜(5)
 私は言った。「もちろん実際にお腹を開けてみて、とって
きた胃を顕微鏡の検査にだしてその結果をみなければはっき
り言うことはできませんが、まず手術で取りきれるとかんが
えています。しっかりと治療をうけていただければまずご心
配いらないかと思いますが。」彼は言った。「万一、思って
いたより進んでいても正直に私に伝えてもらえますか?」
「ご本人が望んでいらっしゃる以上は嘘をつくつもりはあり
ません。きちんとお伝えします。でもその心配はほとんど
無いと思っています。」「わかりました。」

 桜が開花を始めたある春の日に手術の日を迎えた。
 開腹する。予想どおり転移と思われる病変は認められない。
 腹腔内洗浄細胞診(お腹の中を生理食塩水で洗浄し、その
洗浄液のなかに癌細胞が含まれていないかをチェックする
検査)を行い、型どおりの手術を開始する。幽門側胃切除
(胃の出口側2/3ほどを切除)(D2)(癌取り扱い規約二群
までのリンパ節を切除する)空腸間置術を施行した。
 手術後、とれた胃をもってご家族にお話する。
 「手術中に大きなトラブルはなく順調に手術は終了しまし
た。術前の検査どおり、お腹の中に病巣以外に病気が広が
っている所見は認められません。手術で癌は取りきれている
ものと考えています。まず問題ないと思いますが、術後
に予期しない合併症が生じましたらご説明いたしますので。」
 「わかりました。有難うございました。」
 麻酔からさめた彼を集中治療室に運び、術後の処置を行い
とったものを標本整理する。(病理検査に出すために胃から
リンパ節をはずし、リンパ節ごとにわけてホルマリン固定
する。)とったリンパ節にもはっきりした転移はなさそうで
あった。これなら大丈夫だろうと私はほっと胸をなでおろ
した。
(次回につづく)
【2005/04/13 23:12】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜(4)
 「先生、難しいことは解らないが要は手術をすれば治す
ことができるっていうことですね。」「そうです。幸いに
も手術可能な時期に発見できたということですから。
 実際には、病気の進行度は手術をしてお腹の中をみて、
また手術でとったものを顕微鏡の検査にだしてどれだけ進行
しているかを確認しないと確定はしないのです。
 その結果によっては術後に抗癌剤の治療を行う必要があ
る場合もありますが、○○さんの場合はその可能性はかなり
低いと考えています。」
 「解りました。手術をしなければ病気は進むだけですもの
ね。先生、実は家内が妊娠しておりまして。」私は一瞬、息
を飲んだ。「それは..。おめでとうございます。」「実は
私は父親がいないんです。所謂私生児で、よく小さい頃、
てて無し子、妾の子といじめられていました。なんで俺は
生まれてきたんだって子供ながらに悩んでね、一回お袋に
どうして俺なんか生んだんだってなじったことがあるんで
すよ。そしたらお袋だまってボロボロ涙こぼしてね。あの頃
は「しまったっ」て思うだけだったんですけど..。お袋、結局
経済的に支援もなくて必死に俺のこと育ててたんですよね。
 どんな経緯かわからないけど、俺の父親を愛してその子を
生みたいと思ってくれた。そして一生懸命育ててきたのに
愛して育てたその子になじられる。辛かったと思います。
 高校までいかせてくれて、就職してようやくお袋に楽させて
あげられると思っていたら脳出血で親孝行する間もなく
死んでしまって..。
 今、家内が自分の事を愛してくれて、その子を産んでくれ
ようとしているんです。自分は家内にお袋みたいな思いをさ
せたくないんです。そして生まれてくる子に自分と同じ思い
をさせたくないんです。」そばで説明を聞きにきていた奥さん
はそれを聞いて涙ぐんでいた。
(次回につづく)
【2005/04/12 22:45】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜(3)
 3日後にでた生検結果はやはり悪性であった。低分化型癌で
あった。腹部、骨盤CT上は転移病巣やリンパ節の腫脹もなく
手術で根治が可能のようであった。結果としては上部消化管
内視鏡をやっておいてよかったのだ。ここで見つからず1年
も放置すれば新たな転移が出現して手術を困難にさせたかも
しれない。胆嚢の手術をしてもらったのに、胃癌は見逃されて
手遅れになったとなれば患者も医者も不幸である。今の時期
なら手術で充分根治できるし、彼は幸運だったといえる。症
状がなくても偶然に治癒が望める時期に見つかったのだから。
(もちろん内視鏡で切除できる内に見つかればなお良かった
のではあるが..。)
 私はご家族をお呼びし今後の方針につきお話することとした。
 「胆嚢炎のための入院で、胆嚢の手術を考えていましたが
胃カメラさせていただいたところ胃の出口に近い部位に潰瘍
が認められました。良性の潰瘍かとも思ったのですが、少し
汚い感じがあり悪性の可能性を考えて組織を取らせていただ
きました。あまりいい知らせではないですが、取った組織の
中に悪性の細胞が認められます。」
 「それは癌ということですか?」彼は不安そうに問いかけた。
 「その通りです。」私は答えた。まだ彼は若い。現実的に
は受け止めずらいだろうと思われた。私は続けた「しかしな
がら癌という病名をそんなに恐れる必要はありません。CT
や超音波の検査では他に病気が飛んでいっている様子はな
いですし、手術で充分治療が可能だと思いますよ。むしろ
治療が充分可能な時期に見つかったという意味では良かった
と考えていただいた方がいいと思います。早期であれば癌と
いう病気は充分治療可能です。取った組織の結果は未分化型
癌で、後1年も放置していたら手遅れになっていた可能性も
あります。お若いですし手術にも充分耐えられると思いま
す。」実際、彼よりもずっと治療に苦慮する患者さんも多
いのだ。「手術は胃の下3分の2を取る手術になります。胆嚢
も同時に切除します。」つづけて手術で起こりうる合併症に
就いて説明を行った。一通りの説明を終えて私は彼に言った。
「説明は以上です。なにかお聞きしたいことがありますか?」
 彼はすこし黙ってから静かに話し始めた。
(次回につづく)
【2005/04/11 23:01】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
桜(2)
 どうも昨日は当直でアップできずすいませんでした。
 まだインフルエンザがパラパラきますが大分流行もおさま
ってきたようです。昨日は軽い外傷が多く、傷の縫合が
結構ありました。脳梗塞、心不全の人を入院させて内科に
申し送って..。それなりに忙しかったです。

 幸いにも胆嚢炎は禁食、点滴と抗生剤投与にて改善した。
 腹部CT、MRCPでも、石は胆嚢だけで胆管にはなさそうだった。
 これなら腹腔鏡下での胆嚢摘出で切除すれば治療は終了に
できそうだなと思っていた。(胆石だけでは無症状なら手術の
適応にはならないが、胆嚢炎を起こすようなものは胆嚢摘出
術の適応になる。)念のために行った胃カメラまでは。
 腹痛の原因は胆石症であるのは殆ど間違いなさそうであった
が胃潰瘍や胃炎があるかもしれないのであくまでも除外診断
の目的での上部消化管内視鏡であった。
 彼の内視鏡を行っていた私は胃の前庭部(胃の出口に近い
部分)に浅い潰瘍性の病変を認めた。ただの潰瘍にしては
少し辺縁が汚い感じがあったためその部位の生検(組織を
とって顕微鏡で見る検査)を行った。検査終了後、私は彼に
いった。「胃の下の方に潰瘍があります。良性のものでよいと
思いますが、なんとなく辺縁がぎざぎざした感じで悪性も
全くは否定できません。組織の検査の結果がでるまで胆嚢
の手術は延期にしたいと思います。」「それはどういうこと
でしょう。」「もし、胃のこの部分が悪性のものとすれば
潰瘍性のものであることと大きさからは内視鏡での切除は
難しいと思います。もちろん内視鏡の専門の先生にも相談
するつもりですが。すると胃は手術が必要になることに
なります。」「一体どれ位入院してればいいんですか?
手術はいつになるんですか?」彼の言葉には不安といらいら
が混在していた。「いずれにしてもこの部分が良性か悪性か
で方針が変わりますので...。またご家族を後日お呼びして
一緒にお話いたしますので...。」

 その日、内視鏡のフィルムを検査室から借り、消化器内科
の先生に相談しにいった。「どうでしょう。まだ生検の結果
が出ていないのですが、見た感じは悪性に思えます。悪性と
して内視鏡での切除は可能でしょうか?」胃切除術なら入院
は術後順調にいっても3週間前後はかかる。内視鏡で切除でき
れば1週間程度ですむし患者さんの負担も少ない。だが、取り
残せば再発の危険がある。若い患者さんであるから確実に
治療を行わなくてはならない。相談した内科の先生はゆっくり
フィルムを見ながら答えた。「そうですね、先生のおっし
ゃるとおり悪いものだと思います。見た感じはSM massiveから
MPにかかっていそうです。少し広さもあるし、悪性なら手術
の方がいいでしょうね。お力になれず、すいませんが...。」
「そうですか..。お忙しいところ時間を割いていただいて
有難うございました...。」
 今後の方針につき本人とご家族との話し合いの場をつくり
治療方針をきめなくてはならない。
(次回につづく)
【2005/04/10 20:43】 | トラックバック(0) | コメント(2) |
桜(1)
 30代の男性が上腹部痛で救急外来にやってきた。右のわき腹
からみぞおちのあたりを痛がり、右の側胸部を叩くと響くと
いう。体温は38度あった。「胆嚢炎かな。」と思った私は
血液検査で肝、胆道系の酵素が上昇しているのを確認し、
超音波で腫大した胆嚢と胆嚢内の胆石があるのを確認し
本人と付き添っていた家族に告げた。「多分、胆石症に伴う
胆嚢炎と胆管炎でしょう。胆管に石が落ちている可能性も
あります。とりあえず食事をとめて、点滴を行い、注射で
抗生剤を使用し今日は経過を見ますが、経過によっては
なんらかの胆管のドレナージ処置が必要になるかもしれま
せん。状況に応じてまたご説明いたします。」「今日、
入院でなくてはだめでしょうか?」「今の痛みと熱では
家でみるのは難しいと思いますが..。お仕事もあるでし
ょうが入院の方が好ましいと考えます。」「そうですか
わかりました....。」
 炎症がおさまったら胆嚢の摘出はしなくてはならない
だろうなと私は考えていた。

 今日は帰りが遅かったのでぎりぎりの日付変更前の
アップです。明日は当直なのでお休みさせていただきます。
 引き続き宜しくお願いします。
【2005/04/08 23:56】 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨上がりの虹(10)
 「オヤジーッ!」ご長男が泣き叫んだ。周りの親戚がむせび
泣く。私は脈拍と心拍が停止し、瞳孔が散大したのを確認し
死亡宣告を行った。「6時○○分、良く頑張られましたが
お亡くなりになりました...。」しばらく親族達が落ち着く
のに時間がかかりそうだった。「少しお別れの時間をとって
ください。しばらくしたらご遺体をきれいにさせていただき
ますので..。」私は病室をでた。部屋からむせび泣きの声が
もれてくる。窓の外には朝日と雨上がりの虹がかかっていた。

 数日後、ご長男がご挨拶に来た。「先生、先日はお世話に
なりました。色々ご迷惑をかけて..。」「わざわざご丁寧に
どうも。」「実は、父が急変する前に先生に手紙を書いて
いて、あんなことになってしまったので渡しそびれてしまった
ので...。そのまま捨てる訳にもいかず、先生にお渡しして
おこうと思いまして..。」「そうですか..。」「父も本当に
よくしてもらったと感謝してました。有難うございました。」

 仕方なかったとはいえ、助けることができなかった患者さん
である。手紙を見るのは正直つらかった。人気のないところで
手紙を開いた。気管切開されて話すことができなかった彼は
少し震えた字で手紙を綴っていた。
「突然の急病で生死をさまよいましたが、助けていただいて
本当に有難う。話せないから先生に感謝の言葉もかけられな
いけど感謝しています。食事も少しずつ食べられるように
なって、酸素とのどの管ははずせないのがつらいけど退院の
目処もついてきたし、命あったのだから感謝しなくちゃいけ
ないですよね。退院後も末永く外来で診ていただければと
思います....。」
 人工呼吸器をつながなければならなかった時の彼の「い..
や..だ..。」と文字盤を示しながら私を見た瞳が思い返され
た。あの時は助けられると思っていたのだ。本当に申し訳な
い...。言い様のない辛い思いが胸に押し寄せる。悔しさか
自分の無力さに対する言い様のない怒りかわからなかった。
ただただ溢れてくる涙を止めることができなかった。
 

【2005/04/07 22:42】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(3) |
雨上がりの虹(9)
次第に彼の血圧は低下していき、昇圧剤にも反応しなくなって
いった。尿量も減少してきていた。すべての治療を駆使しても
その流れは止められなかった。家族はここ数日交代で泊り込ん
でいた。ご長男とお話して2日目の夜、手術と一通りの病棟業務
を終えた私は夜の11時に彼の様子を病室に覗きにいった。血圧
は昇圧剤を最大限使用しても上が70台であった。尿量は殆どで
なくなっていた。この日はご長男が泊り込んでいた。「ご苦
労様です。」横になっていたご長男が私が入ってきたことに気
づいて起き上がり声をかけてきた。「すいません。起こしてし
まいましたか。」「大丈夫です。」彼は答えた。「いかがで
すか父の状態は..。」「あまりいい状態とはいえません。
明日一杯もってくれるかというところです。一杯一杯に近い
状態ですね....。」「そうですか..。」「なにかあれば私は
またすぐに参りますので。」「解りました。宜しくお願いし
ます。」病院を11時半過ぎにでる。自宅に戻るときには日付
が変わっていた。翌朝の朝5時半頃、病院から私の自宅に電話
がかかってきた。「先生、○○さんの脈拍が落ちてきていま
す。すぐ来ていただけますか?」慌しく身支度を整え、土砂
降りの雨の中、タクシーを捕まえて病院に急行した。
 ロッカーで急いで白衣に着替え、病棟に急行する。
 看護師に声をかける。「○○さんの状態はどうですか?」
「モニター上はQRS波が伸びてきていて脈拍は30位です血圧は
もう測定できません。」彼の病室に向かう。当直の先生が私
が到着するまでの対応をしてくれていた。すでに大勢の親戚
が到着し周りで成り行きを見守っていた。私が到着して程な
くモニターの心電図の波形が停止し、彼の心臓が停止したこと
を示した。
(次回につづく)
【2005/04/06 00:00】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨上がりの虹(8)
治療に対して反応は芳しくなかった。次第に肺の機能が低下し
血液中の酸素分圧を酸素を上げていっても維持できなくなってく
る。人工呼吸器を再度装着してから2日が経ち、3日が経過した。
酸素濃度を80%まで上げても充分な血中酸素分圧が保てなくな
ってきていた。次第に血圧が低下してきていた。治療は限界に
達しつつあった。手術が終わってすでに1ヶ月近くが経過する。
 この一ヶ月、付き添ってきたご家族の気持ちを考えると今まで
の治療が無駄に終わる可能性が高いことを話さなければいけない
のは非常に心苦しかった。だがもうあまり時間がないことは明確
であった。私はご長男をお呼びした。
「色々治療を行ってきましたが、ここ数日の経過はあまり芳
しいものではありません。酸素濃度を上げていっても充分な
血液中の酸素分圧を保てなくなってきています。抗生剤を
2剤を併用していますが、炎症所見の改善も認められません。
 治療にかかわらず病状は悪化していると言わざろう得ま
せん。今のまま病状が上向きにならなければここ数日で急変
する可能性があります。」ご長男は一瞬息を呑んだ。
「つまり、父は助からないということですか?」
 私のつたえなければならないことはまさにその事なのだ。
 共に1ヶ月近くを彼の父親の病状に一喜一憂しながら、苦
しみながら多くのピンチを乗り越えてきた。一度は退院で
きるかもしれないという希望がもてるところまでもってき
たのだ。それがすべて無駄になるかもしれないと誰が話し
たいと思うだろうか。だが話さなくてはならない。
「状況は厳しいということです。もちろんできる限りのこと
はやらせていただいていますが...。回復の見込みはかなり
厳しいと..いわざろう得ません...。」「どうして....。
つい2,3日前までは元気だったのに..。」「一連の経過
で肺の機能をかなりやられていたところに肺炎を起こしたの
がかなり致命的になったと思われます。いまできる治療は
すべてやっていますので...。」彼は苦しい私の心情を察して
か落ち着きを取り戻そうとしているのが解った。「解りまし
た。では早いうちに逢わせたい人には着ていただいた方が
いいですね.それで、どれ位父はもつのですか?」「ここ数日
が山だと思います。」「そうですか、それでは今日から出来
るだけ付き添うようにします...。」
 (次回につづく)
【2005/04/05 22:16】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨上がりの虹(7)
 外来を終えた後、病棟にもどり彼の血液検査の結果とレント
ゲンを確認する。血液検査で白血球数は20000を超え、CRPも
20台の後半であった。胸のレントゲンは両方の肺にわたって
広範に肺炎の像が認められた。重症な大葉性肺炎である。
 一連の術後の経過で肺の繊維化がすすみ呼吸機能が落ちて
いる彼にとっては致命的である。抗生剤、エラスターゼ阻害剤
ガンマグロブリン....使える薬剤を総動員した。
 午後になりご長男とお話する。「今朝方から発熱しまして
急激に呼吸状態が悪くなってきました。自分での呼吸では
呼吸停止に陥る可能性があり、人工呼吸器につなげています。
 どうやら肺炎をおこしたようです。こちらが本日の胸の
レントゲン写真、これが4日前のレントゲンです。4日前の
レントゲンでも一連の経過に伴い起こった繊維化の陰影が
ありますが、それに加えて両方の肺が白くなっているのが
お分かりになりますでしょうか?」比較すれば一般の人も
すぐに分かるほどの陰影であった。ご長男はつぶやいた。
「これはひどいですね...。」「今、肺炎に対して出来る
限りの治療を行っています。手術のあとあれだけ苦しんで
ようやく落ちついてきたと思っていたのですが....。」
「どうなんでしょう。良くなる見込みはあるんでしょうか。」
「正直、厳しいかもしれません。今、酸素濃度を50%(通常
の酸素濃度は20%なので通常の2.5倍の酸素濃度)でやって
かろうじて血液の酸素分圧を保てている状態です。治療に
反応して呼吸状態がよくなってくれれば、酸素濃度を下げて
いくことができますが、悪化していけば酸素濃度を上げてい
かなくてはならなくなります。
 酸素濃度が60%を超える高濃度での長期の酸素投与は活性
酸素の影響で肺の繊維化をすすめるといわれています。です
から人工呼吸器の酸素濃度は60%以下で管理するようにする
のです。つまり治療に反応せず、80%~100%でないと血中
の酸素分圧が保てなくなるようであればかえってそれが肺
を損傷することとなり、回復の見込みがかなり厳しくなると
考えられるのです。今、現在、使える薬剤はすべて使って治療
をしています。ここまで苦労したのですから私も正直、どう
してという気持ちで一杯です。治療に反応してまた人工呼吸
器がはずせればと願っていますが、どちらに転ぶかはここ
数日の経過を見なくてはわかりません。」「わかりました。」
 在宅酸素ででも自宅に帰ることができるかもしれないと
希望が見えてきた時期の突然の病状悪化である。私も家族も
病状の回復を期待したが、彼の病状は良くなることは無かった。
(次回につづく)
【2005/04/04 23:09】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨上がりの虹(6)
 それはある雨の日の朝だった。いつものように朝の外科
チームのミーティングと午前中の外来に行く前に受け持ち
の患者さんを回診する前に夜の間の患者さん達の状態を
把握するため私はカルテの温度板を確認していた。
 彼の温度板には早朝38度台の発熱があったことが示されて
いた。深夜勤の看護師に声をかける。「あれ、○○さんて
夜間に発熱があったのかい?」「ええ、朝4時ころから息苦
しいといって..。その時の体温が38.7度でした。サチュレー
ション(血中酸素飽和度:血液中の何%の赤血球に酸素が
結合しているかを示す指標で指に機械をつけることで測定
することができる。血中の酸素分圧を反映する。正常は
95%以上。90%を切ると低酸素血症と判定される。)も
ずっと80台の前半で経過しています。」彼の元にいくと
呼吸数も多くかなり息苦しい様だった。すぐに動脈血の
採血を行い血中の酸素濃度、二酸化炭素濃度を確認する。
 血中の酸素分圧は正常の半分以下、二酸化炭素濃度は
倍近くあった。呼吸がいつ止まってもおかしくない状態
である。そのまま吸入の酸素濃度だけ上げてもかえって
呼吸抑制が起こる可能性があり、人工呼吸器の装着が
必要であった。私は彼に話かけた。「○○さん。どうも
肺炎をおこしたようです。自分で充分に呼吸できない状態
になっています。気管切開部から管をつないで機械に
つなげさせてください。」少し意識はボーっとしていたが
彼は文字盤を出すように要求した。「き..か..い..に..
つ..な..が..れ..る..の..は..い..や..だ...。」彼は
強制的に呼吸させられる人工呼吸器は苦しいからいやだ
というのだ。しかし家族は今の事態をまだ知らない。この
ままおいておけば呼吸が止まるのは時間の問題だ。しかも
彼は癌の末期などではなく良性疾患である。手術の後の
ピンチを何度も乗り越えてきてここまできた。この肺炎を
乗り切れば充分助けられるのだ。家族に「本人が人工呼吸器
をつなげられるのが嫌だといっていたので人工呼吸器を
つながないでみていたら呼吸が止まりました。」などという
説明で到底納得を得られるとは思えない。ここで黙って呼
吸が止まるのを見ているわけにはいかなかった。私は彼に
再度説得を試みた。
「○○さん。この肺炎を乗り切ればすぐに機械もはずれると
思います。このままでは呼吸が止まってしまうかもしれ
ないんですよ。」彼は文字盤を示した。「い..や..だ..。」
 困った私は彼のご長男に連絡を入れた。現在の病状も
お話しておかなくてはならない。7時半を回ったところで
仕事に出る前のご長男を捕まえることができた。「お忙しい
ところ申し訳ありません。実はお父様のことなのですが、
どうも今朝方から肺炎を起こしたようで、呼吸状態が非常に
悪くなってきてしまっています。人工呼吸器の装着が必要
な状態です。」ご長男は少し動揺したようだった。「そう
ですか。」「ですがご本人がどうしても人工呼吸器はいやだと
いっていまして...。今のままではいつ呼吸が止まってもお
かしくない状態ですから、ご家族のご了承を得る必要がある
と思いまして..。詳しくはまた今日の昼ごろに一通り検査
結果がでましたらお話いたしますので..。」「わかりまし
た。お願いします。すぐ病院に行ったほうがいいですよね。」
「とりあえずの必要な治療は開始していきます。外来が終わ
った1時位にお話できる時間をつくれると思います。」
「わかりました。」
 私は彼の呼吸を確保するために人工呼吸器をつなげ、彼の
呼吸器での苦痛をとるために少し眠らせる薬を使用した。痰
と血液の培養検査を行い、そのほかの採血検査を提出、胸の
レントゲンをオーダーし、抗生剤の投与を開始した。「○○
さん。今、肺炎の治療を開始します。人工呼吸器につなげま
すけどつらいと思うので薬を点滴から流して機械をつなげて
いる間は眠ってもらいますから。肺炎が落ち着けばまた機械は
はずせますからね..。」
 彼はしょうがないと思ったのだろう。静かに頷いた。
 このときの彼の頷きが彼との最後の意思疎通になろうとは
思いもよらなかった。
(次回につづく)
【2005/04/03 19:55】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(0) |
雨上がりの虹(5)
ご家族をお呼びし説明する。「状態としては少しずつですが
回復の兆候にあります。ただまだ心機能と呼吸機能が充分回復
していないために人工呼吸器管理がもう少し必要になると
思われます。」家族の窓口となっていたご長男は言った。「見
た目は機械につながれてあまり変わっていないように思えま
すが少しずつは良くなってきているのですね。」術後一週間、
重篤な状況が続いているのに付き添って家族も疲れの色が見
えてきていた。家族としても少しでも回復の兆しがみえるな
らよいが、人工呼吸器と透析器にずっとつながれている現状
では痛々しい状態から殆ど改善が見られないように思えるの
も当然である。一応回復傾向にあるというのを聞かされて少
しほっとしたようだった。「ただ今口からいれている空気を
送りこむ管は1週間が限度なのです。今の呼吸状態であると
のどのところに穴をあけチューブを直接肺に空気を送り込む
気管に入れる気管切開という処置が必要です。」「のどに穴
を..ですか...。」「そうです。その方が見た目もすっきり
しますし、本人も口から管が入っているよりは楽になります。
口腔内の衛生も保たれます。ただ気管切開すると呼吸した
空気はのどのところから換気されますので話すことはでき
なくなります。」「でも必要な処置なんですよね..。」「
その通りです。」その日家族の承諾を得て彼の気管切開が
行われた。

 その後、次第に目に見える回復の兆候が現れてきた。腎機能
が回復し尿量もでてきたため透析装置がはずされた。意識も
しっかりして呼吸機能も少しずつ改善し、自発呼吸もでてきた。
 一連の炎症で肺の繊維化が単純レントゲンでもはっきりして
おり、酸素を気管切開部から流さなければ充分な血液酸素分圧
を保つことへ出来なかったが人工呼吸器からも離脱した。話す
ことは出来ないものの、文字盤を使って意思の疎通もできるよ
うになり、食事も摂取できるようになってきた。言葉こそ話せ
ないものの彼は私の手をにぎって感謝の意を示してくれた。
 3週間にわたる必死の治療とご家族の祈りが実を結んだよう
に思われた。しかしながら現実はあくまでも非情だった。
 我々と家族、そして本人の思いとうらはらに突然に転機が
訪れることになる。
(次回につづく)
【2005/04/02 21:47】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(2) |
雨上がりの虹(4)
 術後の血圧は上がらず腎内の先生を呼んで、透析の回路に
患者さんをつなぐ。エンドトキシン吸着のフィルターをつな
ぎ回路を回す。充分に血圧が取れない場合は回路を回せない
場合もあるが、(透析回路に血を抜く形となるので回路を
まわすと血圧が下がりやすく血圧が維持できなくては治療
自体が不可能になることがある。)なんとか血圧は維持で
きた。エンドトキシン(細菌が発生させる毒素の一種)吸着
がうまくいき血圧が80位に保たれるようになるが尿量は全く
でず24時間の持続の透析となった。(一般の透析は週3回
3~4時間の透析で通常の腎の機能を代用するが、通常の
透析の効率で透析をまわすと血圧が下がってしまうため
24時間でゆっくり透析器を回さないといけないのである。)
 人工呼吸器に持続透析ろ過、点滴からは抗生剤、昇圧剤
等、考えうる薬剤はすべて使用して経過を観察した。
 腎内の先生と交代で技師さんに協力してもらい、透析管
理を24時間体制で続ける。治療効果があがり、人工呼吸器
の酸素濃度を少しずつさげることができてきた。しかしな
がら重篤な状態はつづく。一週間、必死の治療を行ったが
まだ人工呼吸器からの離脱は困難に思われた。
(次回に続く)
【2005/04/01 23:55】 雨上がりの虹 | トラックバック(0) | コメント(0) |
藪医者の独り言


ここに記載されたエピソードは著者の体験をもとに構成したフィクションです。 このページはリンクフリーです。気に入ったら適当にリンクを貼っていただいて結構です。


CALENDER
03 | 2005/04 | 05
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
掲示板(気軽に書き込みお願いします)
RECENT ENTRIES
  • 芝桜の咲く丘(23)(05/25)
  • 芝桜の咲く丘(22)(05/20)
  • 芝桜の咲く丘(21)(05/18)
  • 芝桜の咲く丘(20)(05/15)
  • 芝桜の咲く丘(19)(05/11)
  • RECENT COMMENTS
  • nakano(05/03)
  • (04/30)
  • nakano(04/13)
  • (04/13)
  • KITA(02/01)
  • nakano(05/31)
  • タマ(05/28)
  • RECENT TRACKBACKS
  • 健康、病気なし、医者いらず:医師の秘密漏示(05/03)
  • 健康食品の栄養事典:プロタミンとは(02/22)
  • 医薬品のマメ知識:フルオロウラシルのマメ知識(02/20)
  • 体が元気になるならない物質:プロタミン-体が元気になるならない物質(02/17)
  • オヤジの世界:雪中花(01/04)
  • ARCHIVES
  • 2009年05月 (10)
  • 2009年04月 (13)
  • 2008年11月 (1)
  • 2008年09月 (1)
  • 2008年08月 (1)
  • 2007年07月 (6)
  • 2007年06月 (14)
  • 2007年05月 (18)
  • 2007年04月 (20)
  • 2007年03月 (19)
  • 2007年02月 (17)
  • 2007年01月 (22)
  • 2006年12月 (18)
  • 2006年11月 (14)
  • 2006年10月 (16)
  • 2006年09月 (15)
  • 2006年08月 (16)
  • 2006年07月 (13)
  • 2006年06月 (18)
  • 2006年05月 (19)
  • 2006年04月 (19)
  • 2006年03月 (21)
  • 2006年02月 (19)
  • 2006年01月 (22)
  • 2005年12月 (22)
  • 2005年11月 (24)
  • 2005年10月 (23)
  • 2005年09月 (22)
  • 2005年08月 (17)
  • 2005年07月 (22)
  • 2005年06月 (22)
  • 2005年05月 (24)
  • 2005年04月 (25)
  • 2005年03月 (26)
  • 2005年02月 (9)
  • CATEGORY
  • 春風 (152)
  • 誤報 (135)
  • 管理人雑感 (11)
  • 帰れない老人達 (3)
  • 医者という仕事 (2)
  • 不条理な結末 (7)
  • ブランド病院を求めて (6)
  • 澄んだ青空 (5)
  • 3月の木漏れ日の中で (6)
  • 雨上がりの虹 (10)
  • 桜 (6)
  • 嘘 (14)
  • 花菖蒲 (25)
  • つかめない藁 (34)
  • 百合の花 (15)
  • 約束 (52)
  • 雪中花 (84)
  • 未分類 (1)
  • 芝桜の咲く丘 (20)
  • LINKS
  • ホームページ情報配信メールマガジン「INTERNET SEEK」
  • プログ リンク&人気ランキング
  • 人気blogランキング
  • SEARCH

    PROFILE
    nakano
  • Author:nakano
  • FC2ブログへようこそ!
  • RSS
  • 上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。