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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
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つかめない藁(19)
 その日の夕方、彼女の部屋に回診にいくと彼女は布団を
かぶっていた。「○○さん。調子はいかがですか...。」
何事もなかったように自然に私は彼女に声をかけた。彼女
は黙ったまま答えようとしなかった。「今日はお話したくな
いようですね。なにかあったら看護師に声をかけてください
ね....。」無理に話しかけてもかえって神経を逆なでするかも
しれない。私はそのまま部屋から出た。その後、夜勤の看護師
に声をかけた。「○○さん。かなり落ち込んでいるみたいだ
ね。」「ええ、ケースワーカーさんと話をしたあとからずっと
あんな感じです。夕食も全然手をつけなかったです。」「大
丈夫だとは思うけど、思い切ったことをする可能性もあるので
一応気をつけていてね....。」「大部屋ですし、部屋で飛び
降りや首吊りはないと思いますけど、部屋から出た時には
気をつけるようにします....。」「申し訳ない。よろしくね。」
 ある意味、現実を突きつけられて今までの自分のしてきた事
は何だったのかやるせない気持ちに彼女はなっていた。一人で
ずっと頑張ってきた。両親とはばらばらとなり、高校卒業後に
就職し、仕事を頑張ってここまできた。それなのに突然に病気
になり、仕事を失い、その日を生活するお金にも困ることにな
り、いままで築いてきたものをすべて失おうとしている。悲観
するのも当然であろう。だが、すべては彼女自身が蒔いた種で
あったのも事実であった.....。
次の日の朝、彼女の部屋に定期の回診にいく。「お早うござ
います。」彼女は一晩中泣きはらしたのだろうか、両目は
真っ赤な状態であった。彼女は言った。「お早うございます
先生。昨日はすいませんでした。」私は言った。「大丈夫で
すか?」「ええ、色々考えることがあって、昨日は辛かった
ので....。今日は大丈夫です。」「今度、ご両親とお話する
予定でもあるので、今後の事も含めて今日お話したいと
思うので、今夜、時間あけますから...。」「ええ、宜しくお願い
します。」彼女は辛くて一晩中、眠れなかったのかもしれない。
だがしっかりした応答であった。
(次回につづく)

 おかげさまで30000Hit間近になりました。キリ番踏んだ方は
コメント残してくださいね。ここのところ仕事がきつくなって
きていて更新が大変ですが引き続き頑張っていこうと思って
いますのでよろしくお願いします。
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【2005/06/30 22:43】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(1) |
つかめない藁(18)
 彼女の化学療法を開始してしばらくしてケース
ワーカーから連絡があった。彼女の生活保護の申請
は難しいだろうとの事であった。「会社は退職になる
ので退職金が出るんです。400万ほどですが…。
あと車を所有されているのでこれも売却してもらっ
て、マンションの家賃が月12万くらいのところら
しいんです。1年で150万近くでますからここも引き
払って安いところにうつってもらえば充分経済的には
余力があるだろうということで、申請はきびしそう
です。」「そうですか……。」「会社の処々の手続きは
彼女と相談して会社の方にもきていただく形で進め
られると思います。今後の予後的にはどうなんで
すか….。」「化学療法がどれだけ効くかわかりません
が、年単位は厳しいかもしれません。」
「車を処分して、生活経費をうまくやっていけばとり
あえず1年弱はやっていける見込みがつきますね。
それで手元にお金が無くなればあらためて生活保護
の申請をしてくれということでした。退職金がおりる
までの期間の自己負担分は病院がかぶって立て替え
なくてはならないですね…..。」「わかりました。彼女
は何か言っていましたか?」「結構ショックはうけて
おられたようです。30年近く勤めて退職金がたった
400万だったことと、車を処分してマンションも引き
払った方がよいだろうという話ですから….。今まで
の自分の仕事はなんだったのか。積み上げてきたもの
が何もかもが手元からこぼれていくようだといわれて
いました。」「そうですか……。」私は何とも複雑な思い
を抱きながら受話器を置いた。
(次回につづく)
【2005/06/29 23:27】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(17)
 昨日は手術が長引いて帰りが遅くなってしまい更新できま
せんでした。すいません。

 彼女は少し考えて答えた。「ずっと連絡してなかったんで
す。治療を中断していたことも多分知らないと思います。でも
今、結構厳しい状態なんですよね...。実際、家にいるときは
このまま死ぬのかなって思いましたし...。本当は親に見せる
顔もないんでこのまま黙っていたいんですけど一回状況を話
しておいたほうがいいかもしれませんね...。いきなり亡くな
りましたって連絡いっても向こうもこまると思うし....。」
 彼女も自分が助からないかもしれないと考え始めているよう
に思われた。「亡くなるまでは考えすぎかもしれませんが
状態が余りよくない状態ですから一回お話しておきましょう。
ご両親も心配してらっしゃると思いますし、どうしてもと
いうなら治療と中断されていたということは黙っておいても
いいですよ。病状がすすんでこのような状態であるというこ
とだけは伝えてておいた方がいいとは思います....。」
 彼女は少し考えていった。「いいんですよ先生。気をつか
わなくても。結局、全部自分が悪いんですから...。経過に
関しては正直に伝えていただければ...。あれだけ先生が
治療を完結してくれっていってくれたのに勝手にやめた
私の責任ですから....。」「わかりました。ここまでの経過
をお話しましょう。」「そうしてください。」彼女は穏やか
に答えた。「ところで先生は私が治療を中断したことに関して
はどう思っていらっしゃるんですか?」突然の質問に私は
一瞬虚をつかれた。「残念なことだと思います。できれば
治療を続けていただければ違う経過であったかもしれませ
ん。でも過ぎたことです。今は今できることをやるしかない
ですから....。」しばらく沈黙が流れた。彼女は言った。
「西洋医学は駄目だ。癌は免疫力で治るなんていって高い
値段で薬を売りつけて治療効果なくても、その業者は責任とら
ないのに、こんな無責任な患者がきても病院は受け入れなく
てはならないんですね...。本当に申し訳ないです....。」
 「申し訳ないことはないですよ。たまにそんな方もいます。
結局最後は病院に担ぎ込まれるんですけどね...。治療に関し
ては早く始めた方がよいので開始しますけど、ご両親にはご
都合聞いてまた説明させていただきますので...。」「宜しく
お願いします。」私は日にちを設定し、彼女のご両親に連絡
をとってもらうように看護師に頼んだ。
 彼女は今度は真面目に治療するだろう。生活保護が通れば
経済的なことは心配しないで治療に専念できる...。もう少し
彼女が治療に専念しようとするのがもう少し早ければよかった
のだが...。私は彼女の化学療法を再開した。少しでも彼女
の病気の病勢を抑えられることを期待しながら....。
(次回につづく)
【2005/06/28 22:40】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(1) |
つかめない藁(16)
 昨日の当直は心肺停止状態の人は運ばれてこられたり、入院
適応患者が複数いらしたりでほとんど休む暇もなかったです。
さすがにちときつかったです....。最近は徹夜になると翌日が
頭痛がひどくてたまりません。今日はアップして早々に休みた
いと思います。

 とりあえずケースワーカーに入ってもらって生活保護の手続き
をとってもらうことにした。生活保護がとれれば医療費はそこ
からまかなうことができる。彼女は貯金はほとんどなくなって
おりマンションも賃貸なので資産は全くない状態であったので
生活保護の申請はとることができるであろうと私は考えた。
(持ち家や貯金があるとそれらを売り払って、貯金も0の状態
でないと生活保護の資格はとれない。)
 それと同時に治療は開始しなくてはならない。胸水に関して
はトロッカーにて排液を行っていたが1日の排液は500~600ml
で減る兆候はなかった。
 血液データではマーカーの著明な上昇が認められた。CT上
は肺内に左右にまたがって結節像が多発しており肺転移もあり
そうであったが肝臓などのお腹の中の臓器には明確な転移巣は
なさそうであった。明確な転移巣は肺と右の胸郭内の癌性胸膜
炎、皮膚の局所転移と考えられた。本来はシンチグラムをして
全身への転移の検索を行うところではあるが、その時勤めてい
た病院はシンチグラムはできない施設であったこと、状態とし
てあまりうごける状態でないことから腫瘍マーカーの値を治療
効果の指標にして治療の評価を行う方向として化学療法を行う
こととした。血球数は充分あったので化学療法はできそうであ
った。今回はweeklyのパクリタキセルで治療を行っていくこと
にした。私は彼女に今の病状を改善するためには抗癌剤での治
療が必要であることを説明し、起こりうる副作用について話を
した。彼女も今回は仕方がないと思ったのだろう。静かに
「それでやってください。先生にお任せします。」と答えた。
 だが私には改めて聞かなくてはならないことがあった。今は
彼女は治療の過程で急変しないともかぎらない状態であるのだ。
 そしてこれは多分彼女にとってあまり聞かれたくない質問で
あっただろう。私は彼女が治療を承諾したあと尋ねた。「とこ
ろでご両親への連絡はどうしますか?」
(次回へつづく)
【2005/06/26 21:46】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(4) |
つかめない藁(15)
 彼女は右胸に管を入れられ、酸素投与をうけてベットに寝て
いた。1年前とくらべると大分、やせた感じであった。私は
彼女に声をかけた。「こんにちわ、○○さん。おひさしぶり
です。」彼女はすこし気まずそうな表情をして言った。
「どうも、久しぶりです先生。結局またお世話になることに
なってしまいました。」「この間、どこにも治療をうけにい
かれなかったんですか?」「ええ、ずっと仕事頑張ってきた
んですけど、ここ1~2週間は動けなくなってしまって....。
 このままだと一人で部屋で死んでしまうかもしれないと
思って救急車を呼んだんです...。」「そうですか...。右の
胸に胸水が貯まって苦しくなったようですね。抜いた胸水の
検査をしたら、癌細胞がでてきています。胸の中に癌が入り
込んでいるようです。」「胸の中ですか...。」「もともと
手術したところはどうなっています?」「手術の創はきれい
になってきていますが、皮膚に湿疹みたいなのが出来てきて
いるんです。」「見せていただけますか?」彼女の前胸部を
診察して私は手術した右胸だけでなく左にも一部びらんを
ともなう湿疹様の病変が多発しているのを確認した。局所
再発である。私は暗澹たる気持ちになった。
 「皮膚にも再発があるようですね...。このまま放置すれ
ば間違いなく前と同じような潰瘍になってきますよ...。
 いずれにしても早急な抗癌剤での治療が必要です。」
 「そうですか....。でも治療にはお金がかかりますよね。」
 「ええ、でも入院で月数十万かかっても高額医療費で月7万
以上はもどってきますし、なんなら医療費の相談は当院の
ケースワーカーと相談してもらっても...。」
 「いや、本当に貯金が全然今はないんです。」「それは
どういうことですか?」「じつは免疫療法とか、またいわゆる
民間療法みたいなので治療しててお金がなくなってしまった
んですよ....。」私は一瞬なんと言っていいか解らなかった。
「貯金がない状態なら生活保護申請してもらったほうがいいか
もしれません。担当の者に話を聞いてもらいましょう。」そう
いうのが精一杯だった。
(次回につづく)

 皆様いつも有難うございます。明日は当直なのでブログお休
みです。週末の当直は悲しいものがありますが...。皆さんは
週末楽しんでくださいね。引き続き宜しくお願いします。
【2005/06/24 23:59】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(5) |
つかめない藁(14)
ある日の昼頃であった。外来がもうすぐ終わるかなと思ってい
た時に私の院内PHS(医療機器に影響しない弱い電波の病院専用
のPHS)がなった。「はい。nakanoですが...。」「もしもし、こ
ちら今日の救急担当のYですが。」「ご苦労様です。なにか?」
「じつは1年ほど前に先生が手術されている○○さんなんですが
....。」この時は名前を聞いてもすぐには思い出せなかった。
「○○さん...ですか?」「ええ、乳癌で手術されて、しばらく
治療を自己中断されていたようですが...。結構進んだ乳癌だ
ったみたいですね。」ここで私はようやく彼女のことを思い
出した。「ああ、わかりました。2回化学療法やって、治療から
脱落された方ですね...。それでどうされました。救急外来に
いらっしゃっているんですか?」「ええ、そうなんです。呼
吸苦ということでいらしていて、胸の写真をとったら右胸水
が多量に貯留していて、とりあえずトロッカー(胸腔に挿入
する専用のチューブ)挿入しました。細胞診出して、迅速で
病理にみてもらったところ悪性の細胞が認められまして...。」
「それでは...。」「ええ、癌性胸膜炎ではないかと思います。
トロッカーいれて呼吸状態はよくなりましたが、外科の
患者さんなので外科で取っていただきたいのですが...。」
「わかりました。今はどこの病棟に入ったんですか?」「今
HCUにいらっしゃいます。」「わかりました。手があいた
ところで見にいきますね。前手術してますし、私が担当とい
うことで外科の転科にしていただけますか。」「わかりまし
た。病棟師長の方には連絡しておきます。それじゃ患者さん
よろしくお願いします。」「ええ、わかりました。ご苦労様
です。」私は外来の患者さんを終わらせて一段落つけた後に
HCU病棟に向かった。
(次回につづく)


【2005/06/23 23:19】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(3) |
つかめない藁(13)
 看護師はもう連絡しないでくれといって切られているので
一回外来にきてもらうようにまた連絡するのは難しいだろう
と思われた。彼女の人生だし、彼女の決めたことだからと
割り切ってもよいかとも思ったが一回直接電話で話してみて
反応をみようと思った。看護師に対しての対応を聞くかぎり
は連絡しても望み薄だろうと思われたが、その日の夜に私は
彼女の自宅に連絡をいれた。「もしもし○○さんのお宅で
しょうか。私、△△病院外科のnakanoですが。」彼女は言った。
「ああ、先生ですか。あの、看護師さんにも言ったんです
けど、私、治療を続ける気はありませんから。先生には申し
分けないですけど。今日は勝手にキャンセルしてしまって
すいませんでした。」「治療を続ける気がないというのは
どういうことでしょうか?」「病院に行ってる余裕なんか
ないですよ。仕事にも戻りましたし。薬やると体調の悪く
なりますしね...。ともかくもういいんですから。」「しかし
今後また再発してくる可能性があるんですよ....。」「それ
はもう何回も聞いてます。先生には悪いですけど、もういい
でしょう。それでは切りますよ....。」そのまま電話を切ら
れてしまった。私はすこし割り切れない気分になったが
結局は責任のある大人である彼女の決めたことである。これ
以上、私が立ち入れるわけもなかった。患者さんに充分に
説明したうえで、患者さんの決断がいかに医師にとって理不
尽な決断に思えようと患者さんの意思を尊重するのが基本で
ある。(患者の"unwise decision"の尊重)カルテに「電話
にて治療の継続を検討するために連絡するが、本人治療の
継続の意思ないとの旨伝えられ、電話を切られる。」と
記載した。
 
 そして1年後、すっかり彼女のことが記憶から消えようと
していた頃、彼女はまた救急車で私のいる病院に再度運ば
れることになる。
(次回につづく)
【2005/06/22 21:46】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(6) |
つかめない藁(12)
その日の外来が終わったとき、外来の予約リストをみて彼女が
予約になっていたのに来ていないことに気づいた。
 「あれ。○○さん今日はきていないようだね。」私は看護婦
に聞いた。「特に都合がわるくなって予約とりなおしたりって
ことはないかな?」看護婦は言った。「○○さんですよね?特
にそんな話は聞いて意いませんけど...。」「あとで予約取り
直してきてもらえるように連絡してもらっていいですかね?」
「わかりました。あとで電話しますね。」「日にちは都合の
いい日でいいから、今後の治療日程を組みなおす必要がでて
くるからね。とりあえず一回外来にきてもらわないと....。」
 なにか都合がつかなくなって来れなくなったものと信じた
かった。たとえ治療に対しての気持ちの揺らぎがあったとし
てもまた外来に来てもらってきちんと話をすれば解ってもら
えるにちがいない。治療に関してはなんとか貫徹してもらい
たかった。彼女はまだ若い。受けるべき治療をうけて生き延
びる可能性を求めるべきだ。そう思っていた。
 その日の午後の小手術を終えて、手術記録などの記載を行
っているときに外来の看護婦から電話がかかってきた。
 「先生。いま大丈夫ですか?」「はい。大丈夫です。なにか
ありましたか?」「さきほどの○○さんの件なんですけど..。」
「ええ。」「実はさっき電話してみたんですけど、話をしても
もう病院に行くつもりはないからという一辺倒で..。治療も
もう受けたくないといっているんですよ....。」私は一瞬何を
言われたが理解できなかった。「ハアッ?それどういうこと
です?」「私にいわれても....。ともかくもういいですから
連絡とらないでくれとまで言われました。」「うーん。それは
どういうことだろう?わかりました。忙しい時にすいません。
どうもご苦労さまでした。有難うね。」早い話が治療はもう
中止にしたいということの様だった。いずれにしてももう一回
なんとか彼女と話す必要がありそうであった。
(次回につづく)

 今日は緊急手術で帰りが遅くなりました。明日も早いので
今日はアップだけにします。コメントのレスは明日元気があ
ったらさせていただきますね(スイマセン。本当に今日は
ちと体がきついので....。)。引き続き覗きにいらしてく
ださい。コメントも楽しみにしております。
【2005/06/21 23:52】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(7) |
つかめない藁(11)
外来にて2クール目のCMF療法を行った。特に大きな副作用も
なく、採血の検査でも薬による血球の減少は限定的にとどまって
いた。腫瘍マーカーの値も術後に正常上限程度であったが、やや
下降傾向が認められておりまずまずの経過であった。術後3ヶ月で
とったCT上もはっきりした再発所見はなかった。第3クールに入る
際の外来受診日に私は彼女に言った。「今日から第3クールで
すね。幸いにも大きな合併症もなくきています。術後3ヶ月経ち
ましたが今のところはマーカーでもCTでも、はっきりした
再発の所見は認められていません。今日の採血でも薬の投与
を行うのに支障があるような大きな血球の減少は認められて
いません。今日も予定どおり注射していってくださいね。薬
での治療で特につらいことはないですか?」「おかげさまで
なんとかやってます。少しだるいのと、注射のあとしばらく
食欲がなくなるくらいですけど何とか大丈夫そうです。」
「そうですか。とりあえず、あと4回やっていきたいと思いま
すので..。」
「結構しんどいですね...。まあやるしかないんですよね..。」
「今のところの経過はよさそうですから..。続けた方が良
いと思いますよ。」彼女は少し溜息まじりに言った。「わか
りました。そういうお話でしたものね。全く面倒なことにな
ってしまいましたよね....。」一瞬、そこまでの治療が必要
になったのはそこまで病気をおいておいた貴女自身にも
問題があったのではと思うのですが....。という言葉が浮か
んだがグッと飲み込んだ。私はすこしイライラしたものを
感じたができるだけ穏やかに諭すように彼女に静かに言った。
「でもきちっと治療をするだけの意味はあると思いますから...。
やるべきことをやらないで、また何かあってつらい思いをする
のは結局ご本人なんですから。」「ええわかってますとも....。
そうですよね....。」私にはなんとも気が無い返事に感じ
られた。
 彼女はその日、予定通りの注射をうけ所定の内服薬を処方
されて帰された。確かに彼女は表面上は病状と今回の治療に
関しては理解しているようにみえていたし治療を受ける意志
もみせてはいるようだった。だがなんとなく治療に関しての
積極性が感じられない気がした。そして術後の補助化学療法
の説明としたときにふと感じた不安感は杞憂ではなかった。
 第3クールの第8日目、2回目の注射の日彼女は外来にはあら
われなかったのである。
(次回につづく)
【2005/06/20 23:39】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(10)
 副作用の話などを行い、CMF療法を開始する旨お話した。シク
ロフォスファミドを経口薬で14日のんでもらい、1日目と8日目
に他の2剤を注射にて投与する。14日休薬して28日で1クール
(1セットと考えてもらえるとよいだろう。)である。基本的に
は6クール行うのが標準的である。入院中に1クール行い大きな
副作用がないことを確認し退院とし、あとは注射の日だけ外来
にていただきこまめに採血しながら副作用がないことを確認し
ながら継続していく方向であることを説明した。「6クールって
ことは...。」「6ヶ月弱、約半年ですね...。」「半年....。
半年間も毎週のように通わなくてはならないのですか?」「そ
うです。○○さんの場合はかなり進行していましたし、この
治療を行っていても再発する可能性が全くなくなるわけでは
ないですが、行う意味のある治療だと思います。私の妻が同じ
状況だったら同じ治療、ないし違う薬をつかうとしても同様
に近い治療をすすめると思います。手術でとりあえず眼で見
える範囲は幸いにもとりきれたのですから、しっかり治療を
してもらった方がよいと思いますよ。」「でも..。仕事の事は
..。そんな毎週病院にいって、副作用がでたら場合によっては
入院ですよね...。首をきられたら、私なんか勤める先なんて
ないですよ..。この年ですし女ですから...。」「○○さん。
それは解ります。でも再発してきたらどちらにしても仕事ど
ころではなくなるのですよ...。申し訳ないですけど、今回
入院されてこられた時点で仕事どころではない状況だったん
ですから...。入院されてこられたときは貴女は乳癌でできた
潰瘍から出血してきて貧血で倒れて病院に運ばれたんですよ
...。そのままだったら命に関わる状態だったことを考えて
ください。それをここまでよくしてきたんです。せっかく拾っ
た命なんですよ。これまでの努力が報われるようにもう少し
辛抱していただけませんか?」彼女はしぶしぶ言った。「わか
りました。治療は受けます。」私はふと思った。多分この人は
治療に関して充分納得していない。もしかして治療から脱落し
てしまうかもしれない....。
 第1クールは入院で予定どおり行われた。幸いにも大きな
副作用はでなかった。予定通りの退院となった。退院の時彼
女は言った。「色々先生方にはお世話になりました。今後と
も宜しくお願いします。」私は答えて言った。「色々大変だ
と思いますけど、最後まできっちり治療は受けてくださいね。」
 「ええ、解ってますよ。心配しないで下さい。」
(次回につづく)
【2005/06/19 18:33】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(6) |
つかめない藁(9)
 彼女なりに複雑な家庭事情から気を使っていたのは確かで
あったのだと思う。父親も母親も高齢になってきていたし、そ
れぞれ別の家庭を持っているのだから気兼ねするなと言う方
が無理であろう。父親も母親も個別には娘である彼女を思わ
ない日はなかったという。むしろ負い目を感じていたし、彼女
を娘として愛していた。多分、頼めばすぐ都合をつけてくれる
だろうと思われたが、それぞれが持つ、新たな家族にどう思わ
れるか、そして別れた両親が娘の前では表には出さないが、一度
はいがみ合って別れているわけで、互いにお互いをどう思って
いるかは計り知れないことではあった。彼女としては父親と
母親を一緒にいさせるのも酷ではないかと考えていたようだ。
 だからといって一方だけに相談するというのも角がたつ。
 だったら一人で解決する方がいいと思ったのは理解できること
ではあった。だが、こちらの立場とすれば今後色々病状が変わ
ってくること(再発)の可能性は高いし、やはり抗癌剤の治療
を行うのであるからご家族への説明はしておきたかった。
 「○○さん。ご家族の事情はそれなりにご理解できますが.。
病状が病状でありますし、やはり薬での治療のことについて
ご説明させていただいた方がいいと思います。」「先生。私は
高校卒業して母親の元をでてから親はもういないものと思って
やってきました。正直、勝手ばかりやってと思って憎いと思
っていたこともあります。病気になっても頼るつもりもなか
った。私が手術だと聞いたって、もう別の家族もいる2人だし
来てくれる訳なんてないと思っていたんです。でも20数年間
親としてずっと心配してくれていたっていうんですよ。2人
とも私が許してくれるとは思っていない。でも私にどう思われ
ようとやはり娘の手術の時、娘の一大事のときに側にいない
わけにはいかない。だから付き添わせてくれって手術の時に
きてくれたんです。さんざん傷つけあった2人が....。一緒に
いずらかったであろう2人がですよ..。私は本当に馬鹿だった
なって思ったんです。どうしてこんな時にならなくては両親
を許せなかったんだろうって。父も、母も成り行きで結果
こんな風になってしまったけど私の事を思っていてくれた
なんて...。私の方が申し訳ないって思ったんです。父も、母も
それぞれの家族があります。高齢ですしこれ以上迷惑はかけ
られません。手術の後に先生に薬は使うことになるだろうと
いう話は聞いたと言ってましたから、私から連絡すればいい
ですよね...。」私は少し悩んで言った。「わかりました。
抗癌剤の治療に関してはご本人だけにご説明します。でも今後
病状が変わってきてご説明が必要と思われる状況になった
場合はご両親にも相談させていただきますのでご了承下さい。」
 彼女はしばらく考えて言った。「わかりました。」
(次回につづく)
【2005/06/18 22:20】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(3) |
つかめない藁(8)
病理結果ではエストロゲンレセプターもプロゲステロンレセプ
ターも陽性であった。HER-2遺伝子は陰性。(これが陽性だと
ハーセプチンという薬が使用できる。)大きさは10cm以上でリ
ンパ節も8つ陽性であった。皮膚への広範な浸潤がありstageは
Ⅲbと考えられた。
 彼女はまだ閉経前であった。閉経前ではあまりホルモン療法
はきかないとは言われている。一説には化学療法を阻害する
可能性も言われているが一応腫瘍に感受性があると考えて化
学療法と併用することとした。
 今のところ腫瘍の大きさのわりにははっきりした遠隔転移は
認められなかったこともあり、一応は局所も見える範囲はとれ
ていると判断し術後の化学療法としてはCMF療法を選択した。
 CMF療法(シクロフォスファミド、メトトレキセート、
5フルオロウラシルの3剤併用療法)は古典的ではあるが、術
後の補助化学療法として大規模比較試験で効果が評価されて
いることと、術後化学療法をしているにもかかわらず今後再
発してきたときにタキソールやゼローダなど他の系列の薬剤
に変更しやすいだろうという目論見もあった。(ここら辺の
薬の使い方は先生によって考え方が違うので議論が分かれる
ところではあるが、一般病院での治療としては常識的な治療
である。)リハビリもすすみ、すこし肩から脇のあたりの痛
みはあるものの順調に回復し、落ち着いてきたところで彼女
に今後の治療についてお話することにした。
「○○さん。手術から大分回復してきたから今後の治療の
ことについてお話したいんだけど..。」「今後の治療です
か?手術がおわって皮膚の潰瘍はとれたのに治療がまだ
必要なんですか?」私は一瞬戸惑った。病気に関しては
術前にも詳しく説明し、間違いなく術後に抗癌剤での治療
が必要になる旨お話してあったはずなのだが...。だがたま
にこのような患者さんに出会うことがある。一種の精神的
な自己防衛が働くのか、以前に癌とお話したはずなのに
「私の病気は癌ではなかったでしょう。」と後日言われる
患者さんもたまにいらっしゃるのだ。私はつづけた。「ええ
右の乳房の腫瘍をとらせていただきましたが、やはり結構
進行していたものなので再発をふせぐために薬での治療が
必要なんです。ご両親にも一緒にお話させていただきたいん
ですけどよろしいですよね?」彼女は言った。「うちの両親
には説明しなくていいですよ....。」私は再度彼女の反応に
とまどった。
(次回につづく)

 どうも受け持ち患者さんで状態が悪い方がいてここのところ
落ち着いてアップできなくて申し訳ありません。昨日もアップ
のあと呼び出しがあって少し寝不足気味です。明日は当直なの
で今日は早めに仕事を切り上げて帰ってきました。ということ
で明日のアップはお休みです。土日また時間かけて文章作成で
きると思うので週末楽しみにしてくださいね。今晩も呼ばれな
いように祈りながらお先に休ませていただきます。引き続き
よろしくお願いします。

【2005/06/16 22:43】 つかめない藁 | トラックバック(1) | コメント(4) |
つかめない藁(7)
 昨日は患者さんの急変で呼び出しで更新できませんでした。
 今日もぎりぎりになりそうですが...。今日は短いですが
とりあえず更新しておきます。

 手術の次の日の朝、彼女の病室にいき彼女に声をかけた。
 「昨日はお疲れ様でした。無事に予定どおりの手術ができ
ました。痛みはどうですか?」彼女は答えた。「脇の痛み
があるけど大丈夫です。有難うございました。」「昨日は
お父様とお母様がいらしたんですね。なにかおっしゃって
いましたか?」「なんで早く連絡よこさないんだって、病気
もこんなにまでしてしまってと言われました。二人ともそれ
ぞれの生活もあるしもう高齢ですからこちらもあまり無理
はいえませんしね...。こちらもそうそう色々頼める義理でも
ないですし、無理してきてくれなくてもいいからっていったら
でもどうしても困ったら連絡よこしていいからとはいってくれ
ました。」「よかったですね..。」「よかったと思います。来
てもらっても困るしうっとおしいかとも思っていましたけど、
実際自分が病気になって真面目に心配してくれる人がいたと
いうことがうれしかったです...。」
 術後の経過は概ね順調であった。リハビリも序々に開始し
軌道にのってきた。創の治癒も大きなトラブルはなく順調に
経過していた。
(次回につづく)
【2005/06/15 23:58】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(6)
 外来を終えたときには手術の入室時間がせまっていた。急いで
遅い昼食をかき込んだ。一旦、病棟に行き担当患者に大きな変
化がないのを確認したあと手術室に向かう。手術室の手前で入室
前の彼女に付き添う一団とすれ違った。その中には老いた彼女の
母親と父親がいた。私は軽く会釈しスタッフの更衣室に向か
った。背中から「がんばってね。」と彼女の母親が手術室の入り
口に入っていく彼女に声をかけた。「有難う。」彼女はしっか
りとした声で答えた..。

手術は予定どおり行われた。皮弁を形成し乳房を胸骨方向から
大胸筋筋膜ごと外側に反転していく。腫瘍がくいこんでいる大
胸筋の一部はこの際合併切除した。Rotterリンパ節を郭清し
長胸神経と胸背神経を温存し腋窩のリンパ節郭清を行う。
 腋窩のリンパ節はかなり腫れている感じであった。止血を
確認し、吸引できるドレーンを挿入した。腹部から皮膚全層
で皮膚の欠損部に皮膚移植を行い手術を終了した。進行度は
大体予想どおりであった。リンパ節への転移も結構あり再発
は必至かと思われた。手術終了後、彼女の実のご両親をお呼び
し説明する。「どうも本日はお疲れ様です。よく来てください
ましたね。」「時は経っていても、実の娘ですから...。今の
夫に話をしたら行ってやれといってくれました。娘の父親にも
連絡していっしょに行ってくれと連絡までしてくれて...。」
「もう全然連絡もなくて、私も娘にはかわいそうな思いをさせ
たと思っていましたから...。せめてもの罪滅ぼしですよ..。」
彼女の実の父親は言った。私は言った。「ところで手術の件で
すが、予定通りの手術になりました。腫瘍はこの病院にいら
した時には皮膚を突き破っていて右胸に大きな潰瘍を形成して
いました。今回はその腫瘍を切除するために大胸筋の一部を
けずりとる形で乳房切除を行っています。大きく皮膚が欠損
したのでお腹から皮膚を移植してきました。とったものは
こちらです。」切除した乳房をお見せするとお二人ともううっ
といううめき声をあげた。噴火口のような皮膚を突き破った
腫瘍を伴った切除乳房は病状を雄弁に説明していた。
 「切除はしましたが、今後再発の可能性はそれなりに高い
と考えられます。腫瘍のもっているホルモンレセプターを
調べて、それによって行う術後の治療を決定することになる
と思います。術後の経過を慎重にみさせていただきます。何か
あればご連絡いたしますので。」「そうですか。今日は本当
に有難うございました。」ご両親は丁寧にお礼をいった後
説明室から出て行った。かつての家族がそれぞれバラバラに
なりそれぞれの道を歩んでいった。娘の病気を聞いてやはり
なんといっても娘のことと親心が動いたのか..。20数年ぶり
の再会が娘の進行癌でなされたというのはなんとも皮肉めい
たことである。彼女が最大の親不孝(親より先に死んでしま
う事)をできるだけしないようにしっかり治療していかなく
てはならないなとふと私は思った。
(次回につづく)
【2005/06/13 23:52】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(7) |
つかめない藁(5)
 彼女に私は母親に連絡したことを告げた。「お母様に連絡
とらしていただきました。手術に関してはご本人が承諾して
いればご本人の意思に従いますとのことでした。」彼女は
言った。「向こうは突然でびっくりしていたのではないです
か?」「少なからずは....。でも心配されていたようですよ。
手術の日も伝えておきました。来られるかどうかはわかりま
せんが..。今更、来るのも差し出がましいと思われているよ
うでした。もしお母様がこられないということになれば付き
添いなしで手術になりますけどよろしいのですか...。」彼女
はさみしそうに言った。「先生....。それも仕方ないです。
この病気をここまでにしてしまったのも、こんなときに頼れる
ような人間関係をつくってこなかったのも、そしてもう充分
時間が経ってるのに実の母親と連絡をとってこないでしこり
が残ってしまったままなのも結局、冷静に考えれば全部自分
が蒔いた種なんですよ。私は一体この40数年、何をやってい
たんでしょうね...。とりあえず手術は受けなくては仕方が
ないでしょう。先生にはご迷惑とは思いますけど...。」
「いや、迷惑ということはないですが...。ともかく最善は
つくさせていただきますので....。」病気になって入院する
とその人の作ってきた人間関係があらわになる。周りの患者
さんはそれなりにご家族や仕事関係の人々などが見舞いに
きていたが、彼女のところには家族の見舞いは来なかった。
(家族らしい家族がいないのであるから当然であるが..。)
 お義理程度に仕事関係の人が見舞いにはきていたようで
あったが、毎日のように家族が見舞いにくる他の患者を見る
のはつらかったのかもしれない。そして予定の手術日を迎
えた。手術日の朝、私は彼女の病室に行き彼女に声をかけた。
 「おはようございます。昨日は眠れましたか?」「大丈夫
です。寝れましたよ。」「いよいよ今日ですね。今日はよろ
しくお願いします。」「こちらこぞ宜しくお願いします。」
 手術は私が外来を終えた午後からの予定であった。やはり
今日はお母様は来られないのだろうなとふと思って彼女の
病室を出た。
(次回につづく)
【2005/06/12 20:34】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(4)
 昨日は夕方に緊急手術適応の患者さんがこられて帰ることが
できなくなってしまいました。さすがに今日は体が重たかった
です。結果2日お休みになってしまいました。

 すでに彼女の祖母は亡くなっており彼女の親族というと離婚
した両親ということになるがそれぞれ家族をもっていて彼女は
天涯孤独な状態であった。私は彼女の母親に連絡することにし
た。彼女がいうにはもう20年以上連絡らしい連絡をとっていな
いという。突然電話されたら驚くであろうが、実の娘の事であ
る。お話だけでもしておく必要があった。「もしもし突然の
電話で申し訳ありません。こちら東京の○○病院の外科のnakano
と申すものですが、○○ △△さんのことでお電話さしあげま
した。お母様でよろしいですよね。」母親は70代であった。
 突然の電話で驚いたようであったが、はっきりとした口調
で答えた。「ええ、でももう20年前位に家を出て行ってしまっ
て。連絡もなかったですし、どうしているだろうとは思って
いました。」「じつは娘さんなんですが右の乳癌で当院に入
院されておりまして、手術が必要な状態なんです。娘さんは
まだ独身でらっしゃって病状に関してご説明できる方がいら
っしゃらないんです。本人は自分さえ説明きけば充分だとい
うのですが、状態が状態だけにご家族にご説明しないわけに
もいかず、連絡差し上げたのですが...。」「そうですか..。
私も娘の事は心配はしていたんですが、娘からきいていると
思いますが、離婚して再婚した経過があって娘からは嫌われ
ていると思うんですよ。娘がいいというのならそれでよいと
思うのですが...。」「お母さんは手術に関しての説明はいい
ということですか?」「娘がいいというのならいいと思いま
す。娘が家をでたのは私にも問題があったと思いますし、娘
のことに口出しできる資格は私にはないですから。私にも自
分の生活がありますし...。」「そうですか...。一応手術は
○月×日の予定です。午後からの手術の予定なのでもしも来
ていただけるのなら来ていただきたいのですが...。」「今
更...。娘にあわす顔もないですから..。」煮え切らない感じ
であった。「ご事情はあると思いますし、娘さんも連絡とら
なくていいといっていたこともありますから無理される必要
はないと思いますよ。こちらの立場としてはご家族に連絡も
せずに手術をするわけにもいきませんので連絡さしあげただ
けですから..。お母さまの実の娘さんの一大事だということ
で連絡差し上げただけです。もし手術だけでも付き添ってあ
げたいと思ったらいらしてください....。」
 あまり強くいうのも気が引けた。人には事情というものが
ある。電話をかけたのも少し後悔したが、一応親族がいて連絡
先がわかっているのに連絡をいれない訳にはいかなかったのだ
からと自分を納得させて受話器を置いた。
 20数年。赤ん坊が成人するだけの長い時間である。高校卒業
した娘は40代となり、母親は70代となっていた。すでに他人も
同然でそれぞれの生活がある....。娘はいまだに母親を嫌って
いるようだったし、母親も負い目を感じていてあまり関わり
たくないのであろう...。
(次回につづく)

 

 
【2005/06/11 20:57】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(3)
 今日、サッカーは北朝鮮に勝ってワールドカップ決めたよ
うですね。おめでとうございます。結構応援されていた方も
多いのではないでしょうか?

 「とりあえず、今の状態では出血もありますし、匂いもか
なりありますので切除した方がいいと思います。手術の後に
はとった腫瘍のホルモンレセプターの有無の確認を行い、有
効性を考慮しながらホルモン療法や抗癌剤での術後の追加
治療が必要になると考えられます。」彼女は言った。「今の
状況ではどうしようもないので手術は必要ですね..。このま
まではなおる見込みはないのですね....。」「そうですね。
放置してよくなる見込みはないです。」「解りました。」
 ひととおり手術の説明と起こりうる合併症に関して説明を
行ったあと私は彼女に言った。「ところで本来手術の際は
親族の方にきていただくのですが..。手術のときにきてい
ただける方はいらっしゃいますか?」「いえ私自身はずっと
一人身でしたから、親族にも付き添いを頼めるような者も
おりませんし....。特にこのような時に頼める知人もおり
ませんので...。」「それではとくに親族にいらしていた
だかないで手術をするということでよろしいのですか?
状況が状況ですし、実家にご連絡をいれていただいた方が
よいと思いますが...。」「多分連絡されてもあちらも困る
と思います....。」「こちらから連絡させていただいても
よろしいですか?」「手術をうけることに関しては私から
連絡しますので、いずれにしても手術は付き添いなしで
お願いすることになると思います。」世の中には色々な
事情を抱えた人がいる。彼女は自分のこの重大事にも親族
の力を借りたくない事情があるのだろう。だが何かあって
後から事情をしらない親族にこちらが責められても困る。
 なんとか彼女を説得して手術を受けることに関しては
こちらからも連絡させてもらうことの同意をとらせてもら
った。彼女は手術の同意書に署名し私に言った。「私の
病気は治療すれば治りますか?」私は言った。「完全に
治すのはなかなか大変だと思います。でもできる限りよく
なるように我々も努力しますので辛いこともあると思い
ますが協力してやっていきましょう。悪いようにするつ
もりはありませんから...。」彼女は静かに言った。「わか
りましたよろしくお願いします。」
(次回につづく)

 明日は当直なので更新はお休みです。引き続き宜しくお願い
いたします。
【2005/06/08 22:37】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(2)
 ある程度抗癌剤で小さくしてとってもよいかとも思われたが
胸郭への浸潤はなく大胸筋を部分切除すれば腫瘍はとれそうで
あったことと腫瘍からの出血も頻回であったこと、また腫瘍の
悪臭がひどく(来院時は蛆がわいていた)術後の抗癌剤とホル
モン療法は必須であろうが、手術を先行させた方がいいだろう
と判断した。Auchincross手術(大胸筋と小胸筋を温存して
乳房切除と腋窩のリンパ節郭清を行う術式)で大胸筋に浸潤して
いる部分は大胸筋を合併切除する方法にすることにした。
Halsted手術(大胸筋と小胸筋を合併切除する手術20年前くらい
はこの手術が殆どだったが、今は胸筋を温存するAuchincross、
Patey、児玉法でも予後は変わらないということで進行乳がん
でも胸筋温存手術が選択される。今の時代では早期のもので
あれば乳房温存手術が行われることが多い。施設によっては
殆どの術式が乳房温存手術であるところもある。)をしても
あまり根治性が望めないであろうと言う判断であった。
 彼女は幼いころ両親が離婚してしまい母方の祖母に育てら
れたという。その後、母親は再婚したが、高校に通っていた
微妙な年頃でもあり高校卒業後、家がいやで東京に就職して
きたのだという。広告関係の仕事でそれなりにキャリアをつん
できたが、結婚することもなく独身でいたのだという。
 仕事上の友人はいるものの、親戚や家族にきてもらえそうな
人はいないとのことであった。本来であれば家族に付き添って
もらい手術説明を行うところであるが、来てもらえる人もいない
ということで手術の説明を彼女に行うこととした。
 私は彼女を前に話を始めた。「露出している潰瘍から直接
組織をとったところ癌細胞が認められています。乳癌という
ことでよいと思われます。かなり腫瘍としては大きく、大胸
筋の筋膜を超えて大胸筋の一部に食い込んできています。
 腋窩のリンパ節もはれてきており、乳房と大胸筋の一部と
腋窩のリンパ節の郭清を行う手術になります。腫瘍が大きく
切除後は皮膚の欠損が大きくなってしまうため、お腹から
皮膚を移植して皮膚の欠損部を閉鎖する形になります。」
(次回につづく)
【2005/06/07 22:12】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(1)
 ある40代の女性が道路に倒れていたところを救急車で運ばれて
きた。意識はあり、特に四肢に麻痺は認められなかった。眼瞼結
膜は貧血がひどく、顔色は真っ青であった。聴診しようと上着を
はずした救急当番であった医師は一瞬息を飲んだ。彼女の右胸に
は潰瘍を伴った径15cmもの巨大な腫瘍があったのだ。話をきくと
3年前くらいから右胸のしこりに気づいていたという。腫瘍はそ
のままでは出血してくるのでガーゼでおさえられており、悪臭
が立ち込めた。見て一見すれば右の乳癌のなれの果てというこ
とがわかった。外科に紹介され、彼女は私の患者になった。
 腫瘍から断続的に出血するため貧血がひどく、通常の血の濃さ
の3分の1しかない状態であった。とりあえず貧血を改善しなく
てはならない。輸血の同意書をとり輸血を開始した。CTでみると
腫瘍は大胸筋に食い込んでいる状態であったが胸郭には及んで
いないようであったが、腋窩のリンパ節は腫脹していた。肺への
転移は認められなかった。輸血を行い状態が少し落ち着いたとこ
ろで詳しく話を聞いた。3年前に右胸のしこりに気が付いたと
いう。だんだん大きくなってくるのがわかって本人は多分癌だ
ろうと思っていたが病院にいくのが怖かったという。何百万も
使ってアガリスクやらプロポリスやら怪しげな免疫療法やら
色々な民間療法をやってみたが改善するわけもなく半年前に
皮膚がびらんとなり、次第に潰瘍化してきたという。消毒液を
買って消毒していたようだが当然癌は大きくなる一方で次第
に出血と悪臭を伴うようになってきたのだという。「病院に
くるのが怖くて..。それに癌が治ったなんて宣伝もあるし、
それで様子見ていたんです。」と彼女は言った。「西洋医学
だけでは病気は治せないってこの本にも書いてありますし....。」
「3年前にきてくれたら西洋医学だけで治せたかも
しれませんよ。何百万もつかわないでね。この状況から治す
のはなかなか大変ですよ....。」
 治療には時間がかかるだろうし、完全に治癒を望める状態
ではないと思われた。だが早くきてくれればといっても後の
祭りであり何とかする手立てを考えなくてはならなかった。
(次回につづく)

どうも皆さん20000Hit有難うございました。キリ番踏んだ方は
わかっていらしたらコメント残しておいてくださいね。花菖蒲は
多数のコメント有難うございました。今後とも宜しくお願い
いたします。

【2005/06/06 22:49】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
花菖蒲(25)
 なんとか無事に帰ってきました。予告通りアップします。
 留守中にも結構訪問者が多くなっていてびっくりしています。
 みなさんどうも訪問有難うございます。もうすぐ20000Hit
です。キリ番取った人はコメント残してくださいね。
 フラッシュは作るつもりでいますが、今週は作れそうな時間
がなさそうなのでアップはかなり先になりそうです。

 7月上旬のある日の夕刻ごろから、彼の呼吸は喘ぎ様となり
昇圧剤は極量まで使用していたが、血圧はすでに計れなくなっ
てきていた。6時すぎに手術を終えて覗きにきたときには一時
的に無呼吸になることもあり、その時がくるのは時間の問題
と思われた。奥様を外にお呼びしお話する。「今晩が山だと
思います。」「そうですか....。」「来られた方がよい方は
呼んでいただいた方がよいかもしれません。」「解りました。」
特に取り乱されることもなく淡々と奥様は答えた。
 残りの仕事をかたずけているとき、院内PHS(医療機器に障害
を与えない病院用の弱い電波のPHS)が鳴った。「先生、○○
さん、心拍数が40台になってます。呼吸もかなり弱くなってきて
います。」「わかりました。」作業を中断して彼の病室に向か
った。すでに彼の家族は揃っていた。脈拍はすでに触れない状
態であり、心電図のモニターに示されるすでに心拍を打ち出す
力を失った心臓の電気信号も完全に止まってしまいそうな様子
であった。奥様は涙ながらに最愛の夫に話しかけた。「あなた。
もう苦しまなくてもいいの。本当によく頑張ったと思うわ。
子供達もみんな独立して立派にやってるし、貴方のことを誇り
に思っているから。私たちのことは心配しなくていいの。だか
らもう苦しまなくていいのよ。私たちのために最後の最後まで
頑張って貴重な一緒の時間を作ってくれた有難う。貴方が本当
に最後まで私たちの為に頑張ってくれたことは私が一番わかっ
ているから...。本当に有難う....。」周りでは子供達がすすり
泣いていた。15で岩手からたった一人で見知らぬ東京へ。つらい
ことも悔しい思いをしたこともあったろう。必死で働きつづけ
3人の子供を育て上げた父親。妻と3人の子供達に愛された父親。
そして家族との貴重な故郷での時間を過ごすためにいつ倒れて
もおかしくない体で愚痴ひとつ言わず頑張り続けた父親。長女
はまだ温かみのある手を握って大粒の涙をこぼし、長男
と次男は唇をかみ締めて漏れ出てくる嗚咽を押し殺していた。
 私は家族の中での彼の存在の偉大さを改めて感じた。奥様は
最後の時にもう「頑張って。」とは言わなかった。彼女はわか
っていたのだ。彼が力の限り最後の時まで家族のために尽くそ
うと努力しつづけていたことを...。これ以上どうして頑張って
などといえようかと感じたに違いない。そして自然に「本当に
有難う。」という言葉がでてきたのだろう...。
 そしてその時が訪れる。心電図のモニターが心臓の電気信号
が途絶えたことを示した。私は静かに聴診器を胸に当て心停止
と呼吸停止を確認し、ペンライトで瞳孔が散大していることを
確認した。「よく頑張られましたが、7月○日、午後○時△分、
死亡確認とさせていただきます。」奥様は涙ながらに答えた。
「本当にお世話になりました。有難うございました。」
 彼の遺体を見送った時、彼の笑いながら私に話しかけたこと
が思い出された。「先生。毛越寺の花菖蒲は本当に見事なん
だ。一回見に行ったらいいよ...。」「うーんちょっと遠い
ですよね..。6月~7月ですか..。なかなか休みもとれないし。
でも行ってみたいですよね。」「俺が生きてる間は無理そう
かい。」「またそういうことを言うんだから...。僕が行った
て報告するまでまだ死なないでくださいよ。」「わかった
わかった...。」彼は最後まで私に泣き言を言わなかった。本当
に強い人だったと思った...。

(「花菖蒲」終わり)
【2005/06/05 21:39】 花菖蒲 | トラックバック(0) | コメント(10) |
花菖蒲(24)
 当直明けは20代のころとちがって疲れが数日残ります。まだ
業務をしている時は気持ちが入っているので耐えられるのです
が、家にもどると体が非常に重たいですね。患者さんの前では
できるだけ疲れを見せないように努力はしていますが..。

 考えうる限りの治療は行っていたが、肝転移病巣は肝臓の
正常な組織の大部分を置換しており、もともと肝機能が低下
してきている上に胆道感染が起こったことで、病状を一層
悪化させていた。発熱は収まることはなく、日々黄疸が増悪
していった。彼の意識が混濁した状態は殆ど改善することは
なかった。家族が交代で彼に付き添って話しかけたりしても
彼がそれに対して答えることはなかったが、家族は黙々と付
き添い、体向変換やオムツ交換、清拭処置など奥様は積極的
に行っていた。肝性脳症で意識が混濁したことは彼と家族の
言葉でのコミュニケーションは奪ってしまったが、彼と家族
の絆はむしろ強まったように思われた。しかしながら彼の
状態は悪化していき、次第に尿量がでなくなってきていた。
 血圧も低下していき、状態としてはここ数日というところ
で私は奥様を含むご家族にお話することにした。
 「どうも付き添いご苦労さまです。ところで出来る限り
可能な治療を行っていますが、状態としてはあまりいいと
いえる状況ではありません。正常な肝臓の大部分が癌に
置き換わっており、ここに感染がかぶったことで肝不全
の状態がすすんでいます。すでに尿量も出なくなっており
血圧も低下してきています。このまま状態が改善すること
がなければここ数日で急変する可能性があります。」
ご長男は言った。「かなり状態は厳しいのですね。」
「そうです。下手をすれば今晩にも危険な状態になる可能性
があります。」ご長男は再び口を開いた。「やはり、無理に
つれていったのがまずかったんでしょうか?」私は言った。
「いえ、それはないと思います。6月の初めの段階ですでに
いつこのような状態になってもおかしくなかったと思います。
正直申し上げて、最初に外泊の提案を受けたときは6月20日
までもつかと思っていたぐらいですから...。根拠のない情
緒的な言い方になりますけど、外泊されてもどってこられた
次の日に状態が悪くなったというのは彼の執念のようなもの
を感じます。むしろよくぞここまでもったというのが正直な
ところでしょう。懐かしい故郷で家族と貴重な時間を過
ごせたこと、大切な人たちと貴重な時間を分かち合えたこと
は彼にとっては大きな喜びだったでしょうし、もし行かない
で数日寿命が延びたかもしれないと仮に仮定したとしても、
病院のベットにただ寝かされて過ごす数日の価値とは比較
できないと思いますよ。」奥様は言った。「連れていけた
ことは本当に先生には感謝しています。本人も充分満足
していると思います。あとは本人が苦しくなければそれで
充分です...。」私は言った「すでに肝性脳症で本人の意識
が無くなって、苦痛は多分感じていないと思いますので安心
してください。今後も治療は行いますが、本人の苦痛を伴う
治療や検査は今後は行うつもりはありませんので...。」
「わかりました。」奥様は静かに答えた。
(次回につづく)

 明日は出張があり泊まりで更新できませんが、明後日に更新
させていただく予定です。更新が飛び飛びになって申し訳あり
ません。次回は花菖蒲の最終回の予定です。楽しみにお待ちく
ださい。(帰りが遅くなったら1日遅れるかもしれませんが..。
と逃げをうたせてください。でも多分更新できると思います。)
【2005/06/03 21:27】 花菖蒲 | トラックバック(0) | コメント(2) |
花菖蒲(23)
 昨日は患者さんの急変で帰れなくなり更新できませんでした。
 毎日、覗きにいらしている方々には突然更新できなくなると
心配かけてしまうようですいません。更新途絶えているときは
仕事が忙しいのかなと思っててくださいね。

 外来を終えたのち、昼食をとらずに病棟にあがる。すでに奥様
は到着されていた。昼になっても38度台の発熱はつづき、意識
状態も混濁したままであった。奥様をお呼びしお話する。
「実は今朝から発熱があり、意識状態が混濁してきています。
肝臓に転移した腫瘍が増大してきたか、胆汁が通る胆管という
管が腫瘍に食われたかで、胆汁の流出が悪くなり、黄疸がでて
きている状態です。多分、胆管炎をおこしてきています。肝臓
の機能自体もかなり低下してきており、肝臓での解毒作用の
低下で肝性昏睡という状態になっています。起こってきたこと
に関しては適切と思われる治療を開始していますが、治療に
反応してくれるかはなんともいえない状態です。」奥様は
言った。「かなり厳しいと考えた方がよいのでしょうか?」
 「治療に反応することに期待したいところですが、肝臓の
機能が著しく低下してきており楽観できない状態です。当然
急変もありえます。」「また急に悪くなりましたね。」
「もともと予備機能が低下してきていましたから、ちょっと
したことで大きく崩れる可能性はあったと思います。それで
一応確認しておかなくてはならないのでお聞きしますが、急
変時は人工呼吸器や心臓マッサージなどの蘇生処置はこの
ような終末期の方には行わないのが一般的ですが、その方向
でよろしいでしょうか?」「そうですね。それをやって病気
がよくなるわけじゃないし、本人を苦しめるだけですから..。
もう充分夫は頑張りましたから、苦しくないようにしていた
だければ結構です。」「わかりました。心不全や肺炎などで
一時的にここをしのげばよくなるという患者さんであれば
蘇生処置は行うのですが、癌の末期の方に蘇生処置をしても
患者さんを苦しめるだけであるということで尊厳死を言われ
る今時にそこまでする施設は殆どないですから。基本的には
点滴からの薬剤の治療、酸素投与などの本人の苦痛のない
治療は継続していきますので安心してください。」「それで
回復の見込みはどの程度でしょうか...。」私は答えに少し
悩んだ。多分、今の肝臓の酵素や黄疸の値をみるかぎり望み
は薄いような気がした。私は言った。「いまのところは何とも
いえないですね。慎重に経過をみさせていただきますので。
状態が大きく変わるようであればまたお話させていただき
ますので...。」奥様は私の意を察したのか、彼の状態を見て
それが妥当と思われたのか解らなかったが、子供達にも連絡
しこの日から彼に交代で24時間付き添うようになった。
(次回につづく)

 ちなみに明日も当直です。金曜日に元気残っていれば更新
する予定です。なかなか仕事の関係で不定期になっていしま
い申し訳ないです。私はお休みのときには掲示板への投稿や
コメントいれていただいたりして盛り上げていただければ幸
いです。もちろん今後も仕事の合間で許す限り更新していき
ますのでひきつづき宜しくお願いします。
【2005/06/01 22:03】 花菖蒲 | トラックバック(0) | コメント(4) |
藪医者の独り言


ここに記載されたエピソードは著者の体験をもとに構成したフィクションです。 このページはリンクフリーです。気に入ったら適当にリンクを貼っていただいて結構です。


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