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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
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百合の花(7)
 「彼は病気のことは最初、極力私には知られないように
しようとしていたんです。もしそれなりの病気だったら
私と別れるつもりだったようです。自分が病気で命に関
わるようであれば迷惑をかけると思っていたようで、も
し病気ということが知れれば私が別れずらくなると考え
ていたみたいなんです。結局病気のことがわかって彼に
なんでいってくれなかったのか問い詰めたら彼、こう
いうんですよ。もし結婚して自分にもしものことがあ
ればお前を不幸にしてしまう。うまくいったとして抗癌
剤をつかえば子供をつくることもできなくなる。無事に
治ったとしても5年間も経過をみなくてはならない。5年
もたったらお前も30を過ぎてしまう。この状況で本当に
お前のことを幸せにできるのだろうかと真剣に考えた。
 色々考えたが本当にお前のことが大切だから病気の自
分に縛りつける訳にはいかないと思った。お前にも幸せ
を求める権利がある。病気のことが知られれば心情的
に別れづらくなるだろうと思ったから適当にうまく理由
をつけてこちらからの婚約破棄にしようと思っていたっ
ていうんです..。」
 彼女の父親が言った。「S君の言うことも最もだろう。
なにも自分から苦労を背負うこともないのだから....。
彼の心情も理解してあげて...。」彼女は言った。「お父
さん!彼のご両親もいらっしゃるのよ!どんな思いか
わからないの!」 一瞬の沈黙が面談室を支配した。気ま
ずい雰囲気が漂った。私は言った。「ともかく、手術自体
は無事に終了しました。多分大きな合併症なく回復して
くれると思いますので...。なにかあればまたご説明いた
します。今日はどうもお疲れさまでした。色々大変だとは
思いますが今後もよろしくお願いいたします。」「どうも
有難うございました。見苦しいところをお見せして申し訳
ありませんでした。」
 ご家族は頭を下げて面談室から退出していった。
(次回につづく)

 昨日は更新できずに申し訳ありませんでした。実は明日は
日当直のためブログを休ませていただきます。月曜日に何とか
更新できればいいのですがばててしまって更新できなかった
ら申し訳ありません。引き続き宜しくお願いします。
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【2005/07/30 21:18】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(3) |
百合の花(6)
 今日も手術が長引いて帰りが遅くなりぎりぎりの更新です。
 

 手術後、ご家族を面談室に呼び寄せ、壁の白板に図を書きながら
手術について説明した。「付き添いお疲れ様です。手術は予定どうり
無事におわりました。お腹の真ん中に縦にこのように傷をつけて
お腹をあけました。お腹の中を検索しましたが肝臓や腹膜播種など
の他の部位への転移はありませんでしたので予定通り小腸の末端
の部分から横行結腸の一部までを切除する右半結腸切除としました。
 周囲のリンパ節と一緒に切除して、小腸の断端を横行結腸とつな
げています。手術自体は特にトラブルなく終了しています。
 それでこれが切除したものなのですが.....。」私は切除した
結腸を取り出しご家族に見せた。「この部位が腫瘍になります。」
 そこには内視鏡所見でも認められた火山の噴火口のような腫瘍
が存在しており、ご家族からうっという声が漏れ出た。
 「手術でまず癌は取りきれていると思いますが、どうも腫瘍の
周囲のリンパ節には転移はありそうです。実際にこのとったもの
を病理検査にだして顕微鏡でみてもらって、リンパ節に転移が
あるかどうか確認してもらわなくてはなりませんが....。もし
リンパ節転移があるようなら抗癌剤の治療をしておいたほうが
よいと思います....。とりあえずは手術から回復してもらわない
といけませんが......。なにか術後おかしなことがあればすぐ連絡
しますので.....。」彼女の父親がポツリと言った。「彼には悪いが
式の前にはっきりしてかえってよかったかもしれないな.....。」
 彼女の顔色が変わった。「何てこというのよ!お父さん。」
強い口調で父親をたしなめた後に彼女は言った。「すいません
先生。気にしないでください。実は....。」彼女は話を続けた。

(次回につづく)
【2005/07/28 23:58】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(2) |
百合の花(5)
 昨日も帰りが遅くなって更新しそこないました。今週と来週は手術
が立て込んでいて結構大変です...。時々更新が落ちるかもしれませ
んが引き続きよろしくお願いします。

 手術の日がやってきた。朝、彼の病室にいくと彼のご両親と弟さん
と彼女と彼女のご両親がいらしていた。私は「お早うございます。今日
は宜しくお願いします。昨日は眠れましたか?」と彼に尋ねた。彼は
「あまり眠れませんでしたけど大丈夫です。」と返事をしたあと彼女を
紹介した。「彼女が婚約者のK子です。こちらが僕を担当してくれて
いるnakano先生。」彼女は頭をさげた。「初めまして、今日は宜しく
お願いします。彼ったら入院後も余計な心配するな。病院にはくるな
っていって病気のこと詳しく教えようとしないで、突然、手術しなく
ちゃならないのでっていうんですから...。式もせまってるっていう
のに...。さすがに今日の手術はつき合わせていただくことにして
もらったので....。」彼は言った。「まあそういうことで...。先生
今日はおまかせしますので宜しくお願いします。」「わかりました。」
 私は一礼して部屋を去った。

 予定通りの入室時間に入室となり手術が始まった。開腹して腹腔内
を検索する。肝転移、腹膜播種はなく腫瘍は術前の判断どおり上行結
腸に存在していた。予定どおりに右半結腸切除術を行う。しっかり
3群郭清を行った。腫瘍の周囲には腫れたリンパ節があり1群のリンパ
節には転移がありそうであった。トラブルなく手術を終える。
 充分に根治性がある手術はできたと思われたが、腫瘍周囲のリンパ
節が腫脹していたのがいやだった。1群のリンパ節に転移があるとする
とstageⅢaとなる。年齢から言っても術後の化学療法は行うべきで
あろうが....。術後の説明は相手のご家族もいるので少し気をつか
わなければならないだろう。だが事実は伝えなくてはならない。
 再発の可能性に注意しながら抗癌剤の治療をおこなわなくては
ならないようであること、今後5年間、再発の可能性について考え
なくてはならないことをご家族と相手の家族の人々がどう考えるか
を思うと少し気が重たかった。

(次回につづく)

 
【2005/07/27 22:37】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(2) |
百合の花(4)
 数日後に病理結果がでた。結果は高分化型の腺癌であった。
 予想はしていたが若い彼には過酷な結果であった。
 しかしながら腫瘍マーカーは正常でCTでは他臓器への転移も
認められなかったことから手術で治癒させられる可能性は充分
考えられた。改めて本人と家族をお呼びしてお話することにした。
 少し話をするのは気が重たかったが状況を正確に説明する必要
があった。彼は少し緊張した面持ちで面談室にやってきた。私は
本人とご家族に椅子を勧めた後に話を切り出した。「大腸内視鏡
で組織をとった結果がもどってきました。とった部分からは悪性
の細胞が認められています。つまり大腸の悪性腫瘍ということで
す。この年齢では非常に珍しいですが..。しかしながら採血で腫
瘍マーカーも正常ですし、他にはっきりした転移は認められない
ので手術で充分に治癒させられる可能性もありますので.....。」
 彼は少し黙った後、言った。「そうですか....。では手術になり
ますね....。式は延期ですね.......。」私は言った。「残念ながら
そのほうが無難かと思います。それで手術の後のことなんですが
とった腫瘍の病気の進行具合では術後に抗癌剤の治療が必要に
なる場合があります。抗癌剤をつかうかどうかはともかくとして
再発しないかどうかを確認するのに5年間外来で管理させていた
だかなくてはなりません。実際に手術をおこなってとってきたも
のを顕微鏡の検査にださないとはっきりしたことはいえませんが
......。抗癌剤を使えば男性不妊症になる可能性があります...。
 それらの話はまた手術が終わったあとにお話ししますが...。」
 彼の父親が言った。「5年間は再発する可能性があるということ
ですか....。」私は答えた。「まだはっきりしたことはわかりません
が....。結婚ということになれば先方ともよく話し合ってもらった
ほうがよいかもしれません....。」しばらくの間、沈黙が場を支配
した。彼が口を開いた。「先生はどうお考えですか?5年間は結婚
も見送った方がよいとお考えですか?」私は返答に困った。
「結婚のことはわかりませんが、お相手のことを考えると難しい
判断だと思います。」なんともはっきりしない答えであったが
彼は静かにうなずいた。一通り手術の合併症等についてお話して
手術承諾書にサインをもらった後、彼の父親が言った。「結婚
に関しては先方と充分に話しあわなくてはならないでしょうな。
 先方も両親もこうなっては結婚自体を反対するかもしれない
ですから....。逆の立場ならちょっと考えてしまうような状況
ですからね......。」私は答えた。「そうですね....。いずれにして
も手術に関しては全力をつくさせていただきますので.....。」
 私は手術所見がそんなに進んでいるものでないことを心から
願っていた。
(次回につづく)
【2005/07/25 23:45】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(2) |
百合の花(3)
 後日、ご両親をよび本人と一緒に病状についてお話することに
した。20代の大腸癌は非常に稀ではあり、私自身も予想していな
かった。生検した組織の病理所見の結果をみなくては確定診断と
はいえないとはいえ肉眼所見(肉眼で見た所見)はあからさまに
悪性を思わせる所見であった。彼にしても青天の霹靂であろう。
 ご本人とご家族を面談室に呼びいれ私は検査結果について説明
をはじめた。「ここのところ暗赤色の下血が続いていたということ
で下血の原因を調べるために入院とし大腸の内視鏡をさせていた
だきました。どうやら上行結腸に潰瘍があるようでここから出血
してきていたようです。」 私は内視鏡の写真をみせた。「これが
潰瘍病変です。見た感じはごらんのように汚い感じで悪性である
可能性があります。」 彼は少し驚いた表情を浮かべて言った。
「悪性というと...。癌ということですか?」 私はうなずいた後
答えた。「その可能性が否定できないということです。この年代
での癌は非常に珍しいのではありますが.......。実際には
検査の時に取らせていただいた組織の顕微鏡での検査で癌細胞
がみとめられなければ確定診断とはいかないのですが....。
 結果として悪いものであるとすれば手術が必要になると思い
ます。」「手術ですか......。」「今、この潰瘍から出血が慢性
的につづいていることから貧血が進行してきています。鉄剤
の点滴などで貧血の改善を試みてはいますが、手術ということ
になると輸血の可能性もあります.......。」彼に父親が口を
開いた。「それで先生。その癌だった場合なんだがね....。
治すことはできるのかい。」 私は少し間をおいて話した。
 「まだ癌と確定したわけではないのではっきりしたことは
いえませんが.....。ほかに転移がないかどうかは確認しな
いといけないと思います。病気がここだけの問題であれば
手術で治癒を望める可能性は充分にあると思います。」
 彼の母親が口を開いた。「それでね先生。実はこの子....。」
 彼は母親を静止して言った。「先生。実は私、2ヶ月後に結婚
する予定の相手がいるんですけど......。先方のこともあるの
で式は延期にしたほうがいいんですよね.....。」
 私は突然の話に一瞬、たじろいたが少し考えて言った。
 「まだ癌と決まったわけではないですから....。でも手術は必要
になる可能性は高いと思います。相手のご家族のこともあるで
しょうからそうなる可能性があるということだけお伝えください。
 病理の結果がもどってからまたお話させていただく時間をとら
せていただきますので.....。」
(次回につづく)
【2005/07/24 21:41】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(0) |
百合の花(2)
 採血検査では貧血が認められた。血色素量(ヘモグロビン)は
9.8g/dlと低下していた。(正常は13-15g/dl)その他大きな異常
は認められなかった。本人に聞くと少し最近ふらふらすることが
多くなっていたという。下血も続いていることから私は彼に入院
を勧めた。彼は入院に関しては少し渋っていたが、そのままに
しても病状の改善がなければ困るし、下血自体が本人を不安に
させていたこともあり、当日の入院は断られたが、数日仕事など
身辺の整理をしたあとに早めに入院することに同意した。
 後からもどってきた念のために測定した腫瘍マーカーの値も正常
であったし、本人もかなりお若いことから私は悪性腫瘍よりは
潰瘍性大腸炎やクローン病などの良性の炎症性腸疾患を疑って
いた。いずれも難病ではあるが内服治療で充分に改善が期待できる
疾患である。確定診断には大腸内視鏡検査が必要だった。
 数日後、予定どおり彼は入院してきた。私は言った。
「色々仕事もあって大変だとは思いますが.....。」彼は答えた。
「仕方ないですよね....。体のことですし。よくよく上司にも
話をしてきました。早くなおしてこいっていってもらいました
しよく調べてもらって早く治さないとだめですしね......。」
 下剤投与などの前処置を行った翌日に下血の原因を調べる
ために大腸内視鏡が施行された。その日の手術を終え、病棟に
戻ってきたときに彼の検査結果を確認するために彼のカルテ
を引き出して、内視鏡検査の結果報告書を見て私はうなった。
 内視鏡医の報告書には「A colon Ca Type2(上行結腸癌
2型腫瘍)」と書かれており、内視鏡検査の写真には火山の
噴火口を思わせる大腸の腫瘍が写し出されていた。

(次回につづく)
 
【2005/07/23 23:51】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(2) |
百合の花(1)
 ある20代の男性が下血を主訴に東京のある病院を受診した。
 問診票には2~3ヶ月前から便に血が混じるようになった。様子
をみていたがあまり改善しないため。痔ではないかと思っている。
と書かれていた。若い人だし、大きな問題は無いだろうと思って
患者さんを呼び寄せた。椅子に座ってもらい話をはじめる。
 「Sさんですね。今日は下血されているということでこられた
ようですね.....。」彼は答えた。「ええ、そうなんです。3ヶ月
前から排便のごとに出血があって.....。」「出血は真っ赤な
出血ですか?」「いや、むしろ少し赤黒い感じですね....。」
 私はおやっと思った。痔の出血なら鮮血の出血のはずだが..。
「排便時に痛みがあったりということはないですか?」「ええ
痛みはないです。」特にいままでかかった大きな病気もないと
のことであった。診察を始める。腹部所見は大きな異常はなさそう
であった。直腸診(肛門に指をいれて診察する診察法)を行う。
 指の触れる範囲では腫瘍のようなものは触れなかったが指を
抜いてみると暗赤色の血液が付着していた。肛門鏡でみてみると
はっきりした痔核は認められなかった。肛門鏡を伝って暗赤色
の出血が少量流れだした。
 服を整えて、椅子に座ってもらい私は言った。「どうも痔の
出血ではなさそうですね。なんらかの腸の病気が考えられます。
下血も続いているようですから貧血がありそうですし、採血
で血液の検査をしてみましょう。それから腸から出血している
ようですので大腸のカメラはやっておきましょう。」 彼は不安
そうに言った。「とんでもない病気ではないんですよね.....。」
 私は言った。「まだなんとも言えませんが.....。大きな病気
がないかを確認する必要はありますので....。」「わかりました。」
 彼は溜息をついて答えた。

 昨日は緊急手術がありかえりが遅くなってしまいました。ブログ
を更新する余力がなくなってしまい更新できませんでした。 
 明日も学会にいくためブログはお休みです。ここのところばたばた
していてなかなか更新も大変ですが、皆様の声を心の励みに継続して
いきますのでひきつづき宜しくお願いします。
【2005/07/21 23:52】 百合の花 | トラックバック(1) | コメント(3) |
つかめない藁(34)
 ある日の早朝に自宅で眠りについていた私の携帯がなった。
「もしもし、nakanoですが...。」「先生、すいませんお休みの
ところ....。○○さんが呼吸が止まりそうで....。血圧も
さがってきています。」「わかりました。すぐ行きます...。」
 電話を切ったあと妻が声をかけてきた。「あなた。呼ばれ
たの?」私は答えた。「一人、具合が悪い人がいてね...。
すぐ出るから....。」 まだ明けきっておらず薄暗い中、
身支度を整えて、自転車で病院に急いだ。
 白衣に着替え病棟に向かう。病棟につくとご両親とその
家族で病室は一杯になっていた。呼吸は殆ど停止しており、
私がついてほどなく彼女の心臓は停止した。心音の停止と
呼吸の停止、瞳孔の散大を確認し私は言った。
「よくがんばられましたが、午前○時△分死亡確認とさせて
いただきます...。」一瞬の沈黙のあと、病室はむせび泣き
の声に満たされた。彼女の父親は言った。「色々、先生方
には迷惑かけてしまって...。色々有難うございました。」

 遺体の処置を看護師にお願いしている間に、面談室で
この間の経過と治療に関して簡単にお話した。彼女の父親
は説明を一通り聞いた後に言った。「娘も経過を治療に関し
ては納得していたようです。私もあの子の母親も本当に大
切な時間を過ごさせていただきました。娘がね....。まだ
意識があるときなんですが...。私、父さんと母さんの娘
で本当によかった....。誇りに思ってるっていってくれたん
ですよ....。いっしょにいられた時間は少なかったけど
本当に楽しかったってね....。こんな親失格な私らを
ですよ..。色々やってやれたのは高々、1年やそこらなのに
.....。うれしい反面、悔しかったですね...。もっと色々
やってあげられなかったのかってね.....。」

 彼女は最後、愛された彼女の家族に見送られて旅立って
いった。化学療法をつづけていたとき彼女が私に話した事
を私は思い出していた。「先生、誰の詩かしらないけど
この詩が私好きなんです。」彼女に手渡されたメモには
こう書かれていた。

 ある船は東へ向かい、ある船は西へと向かう
 同じ風に乗っているにもかかわらず
 帆の張り方なのだ
 風向きではなく
 船の針路をきめるのは
 運命の流れも海の風に似ている
 人生を進路を進む中
 精神のあり方なのだ
 われわれの行く末を決めるのは
 運命の平穏や苦難ではないのである

 私は言った。「いい詩ですね。」「そうでしょう。色々考えた
ら病気になってかえって私幸せになった気がするんです..。
 色々な人との関係とかゆっくり考えたら自分にとって
本当に大切なことが前より分かってきた気がします....。
 仕事の事ばかり考えていたのをちょっと考え方を変えただけ
なんですよ.....。変な話ですよね......。なんだかこの詩が
すっぽりはまる感じがしてね....。」

 40数年であったが彼女なりに精一杯過ごした一生であったのだ
と思う。彼女は最後の1年間、周りの人々に大きな影響を残して
この世を去っていった。彼女はつかめない藁ではない何かしっか
りしたものをつかむことが出来たのだろうか...。

(つかめない藁 終わり)
【2005/07/19 22:39】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(7) |
つかめない藁(33)
 彼女に対しての内科的な治療は継続していたが、病状は悪く
なることはあっても改善することはなかった。なるべく苦痛
の無いように、点滴からモルヒネの量を調節したりして経過
をみていた。彼女の意識は比較的しっかりしていて話をしよう
とすると咳き込んでしまい長い会話はできなかったが意思の
疎通はできていた。ただ呼吸状態があまりよくなく、重症感
もあり、高齢である彼女の母親と父親も、その家族にも協力
してもらいながら毎日、交代でつきそうようになった。
 彼女自身も経過に関しては自分で納得していたのかもしれ
ない。私が回診して「○○さん。いかがですか?」と尋ねても
「変わったことはないです。大丈夫ですよ。」と返事をし、自分
の病状を問いただしたり、私に不満を漏らすことはなかった。
 付き添いの人々にも特にとりみだすこともなく、少し苦痛の
表情をうかべながらも穏やかに対応していた。
 だが次第に呼吸状態は病状の進行に伴い増悪していく。肺
が充分に酸素と二酸化炭素の交換ができずに血液中の二酸化
炭素濃度が上昇するとナルコーシスといって意識が混濁して
くる。彼女はこのナルコーシスの状態となり、次第にこちらの
呼びかけにも反応しなくなってきていた。
 呼吸は次第にあえぎ様となり、いつ呼吸が突然とまるかも
しれないような状況になりつつあった。すでに彼女は苦痛を
感じてはいないとは思われたが、あえぎ様の呼吸をしている
状態の患者さんにつきそうというのは非常につらいものである。
 見た目は非常に呼吸がくるしそうにみえるのだから.....。
 ご両親にとってはかなりつらい状況であったろう。かつては
ばらばらとなった家族ではあったが、皮肉なことに彼女の病気
によってお互い再開し、新たな有意義な関係が築かれてきていた
ところであったのだ。その病気が再度、最愛の娘が両親から引き
離そうとしていた....。母親は漏らした。「なんであの子に....。
まだ若いのに.....。できるなら私が替わってあげたい....。」
 母親のつぶやきに私は身を切られる思いであったが、彼女の
病状を改善させる手立ては残されてはいなかった。
(次回へつづく)
【2005/07/18 17:48】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(32)
 当直につづいて仕事がたて込んで昨日も帰りがおそくなり更新
ができなくなってしまいすいませんでした。

 彼女の病状は急迫しているのははっきりしていた。ご両親を呼んで
説明をさせていただくことにした。入院したその日の夜に時間を
とった。「今日は突然およびだてしてしまい申し訳ありません。実
は娘さんの病状のことについてなんですが..。かなり厳しい状態で
す。こちらの胸のレントゲン写真を見ていただけますか?」私は
入院時のレントゲンを出して説明をつづけた。「左右両方の肺が
白くなっているのがお分かりになりますでしょうか?癌が両方の
肺のリンパ管に広範に浸潤している状態で癌性リンパ管症と言わ
れる状態です。呼吸機能が命に関わるくらいに低下しています。
現在、酸素投与やステロイド剤などを使用して状況の改善に努めて
はいますが.....。」彼女の母親は言った。「もうぜいぜいいって
本人とても苦しそうですけど...。あれはもうどうしようもないん
ですか?」私は言った。「モルヒネを使ったりして呼吸苦の軽減も
はかっていますが...。充分に呼吸苦はとることができていない状況
です....。」「もう抗癌剤も使える状況ではないのですよね...。
病状を改善させる手立てはなさそうに思われますが,今後はどうな
るのですか....。」「今の状況がつづき改善しなければ数日のうちに
急変するかもしれません....。」「数日...。ですか。」母親は絶句
した。「なんてこと....。かわいそうに...。」「ともかく今は
内科的にできる治療をやっています。ですがやはり治療としては
限界に近づいてきているといわざろうえないでしょう。それで
このような時にお話するのは気が引けるのですが...。呼吸状態が
今後このまま増悪していった時に人工呼吸器や蘇生処置を行うか
なのですが....。一般的にはこのような癌の終末期には患者さんの
苦痛を増すだけだということで蘇生処置は行わないのですが...。」
彼女の父親は言った。「先生、もう娘は充分がんばったよな....。」
「ええ、そう思います。」「もう苦しむ必要はないと思うんだ..。
苦痛を伴うだけの延命処置ならいいと思う。苦しくないようにして
くれれば充分だと思う。お前もそう思うだろう。」彼は元の妻に
尋ねた。「ええ..。それでいいと思います...。」母親の眼には
大粒の涙があふれていた.

(次回につづく)

【2005/07/17 22:48】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(31)
 入院後、酸素投与やステロイド使用しても症状が軽減される
ことはなく、彼女の呼吸苦は続いていた。呼吸苦に対して
呼吸抑制がかからない程度にモルヒネを使用し呼吸苦の軽減
をはかったがはかばかしくはなかった。彼女は言った。「先生。
今回はもう退院できないかもしれないね.....。」彼女の見通し
は間違ってはいない。私は言った。「どうしてそう思われるの
ですか?」少し黙ったあと彼女は答えた。「先生が一番お分かり
でしょう?この症状は癌が進んできて起こっていることなんで
すよね...。そして抗癌剤だけがそれを抑えられる唯一の方法
だった。色々な薬をつかったけど結局ここまで。もう私には
効果が望めない状況なんですよね.....。」2人の間に沈黙が
流れた。私は言った。「確かに今の段階で劇的な治療というのは
考えにくい状況ですが.....。」彼女はあえぎ様の呼吸をしな
がら言った。「ごめんなさい。別に先生を困らせるつもりは
なかったんです。抗癌剤のおかげでここまで生きることができた
ということはわかっています。私に貴重な時間を与えてくれ
たこともね....。先生....。そんな馬鹿なって思うかもしれな
いけど、この1年が今までの自分の人生の中で一番充実していた
ような気がするんですよ...。今まで自分が大切だと思っていた
こと、築いてきたことが一回すべてご破算になったらかえって
楽になったんです。この1年、いろいろな人に助けてもらって
短かったけど楽しかったんです...。こんな日がくるのはもう
ずっと前から解っていたことですし.....。笑うかもしれないけど
自分を褒めてあげたい位、頑張れた気がするんです....。」
 彼女はあえぎながら、時々せきこみながら必死に話つづけよう
とした。私は言った。「解りましたから....。話をするのも苦しい
でしょう。少しお休みになってください。」少し沈黙してから
彼女は言った。「先生。本当にいつも有難う.....。」
(次回につづく)

 明日は当直でブログはお休みです。土曜日はアップできると
思いますのでまた皆さん覗きにいらしてください。
【2005/07/14 23:52】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(30)
 大きな副作用もなく自覚症状もない穏やかな状態
がつづいていたがやがて転機が訪れることになる。
 ゼローダの治療を始めて4クール目に入ったころ
から彼女は慢性的な咳と息切れを自覚するように
なってきた。それは次第に増悪してきたため、次の
定期の受診日まで様子を見るのは難しいと考えた
彼女は定期の受診日より早く外来を受診した。
「ともかく呼吸が苦しくて…..。最近は寝る
こともできなくなってきてしまって…..。」少し
あえぐような呼吸をしながら彼女は訴えた。聴診
では肺の雑音は聞かれなかったが、呼吸回数は
早くなっており、胸のレントゲンをとると両肺
に多発する転移巣と肺全体がもやがかかったよ
うな陰影が広がってきているのが確認された。
CTをとると浸潤影が肺全体に広がっていた。
私は写真をみて「これはかなり厳しいな。」と
思った。とりあえず呼吸苦を緩和するために酸素
吸入を開始した。
 私は彼女に言った。「肺全体に乳癌からの転移
巣が多発しているのと、また別に陰影が肺全体
に広がってきています。癌性リンパ管症が疑われ
ます。」「癌性リンパ管症…ですか。」「肺のリンパ管
に癌が広がっていく状態で今後急激に呼吸状態
が悪くなると考えられます。今の動脈血の血液
の酸素濃度も下がってきていますし、酸素投与
は必要でしょう。入院で見たいと思います。」
「入院ですか….。」「家で過ごせる状態ではないと
思いますけど。」「そうですね….。またやっかい
になるしかないですかね…..。」彼女は深い溜息
をついて自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

(次回につづく)
【2005/07/13 23:11】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(29)
 乳癌の手術を行い、右腕への点滴を避けなくてはなら
ないため、彼女の左腕の血管は長期にわたる抗癌剤治療
にて点滴が非常にとりずらくなっていた。彼女は何も
言わなかったが1回で点滴がとれないこともしばしばで
これ以上継続するなら埋め込み式の中心静脈ラインの
挿入も検討しようかと相談していたこともあり経口薬
への変更は彼女にとっては朗報であった。ゼローダは
21日内服7日休薬で28日で1クールである。1クール
が終了したとき彼女は言った。「いままでの治療と比べ
ると後になるほどだんだん治療が楽になってきたので少
し不思議な気がしますね…..。これでいいのなら最初か
らこの治療でもよかったのではないですか?」当然の
疑問である。彼女の素朴な疑問に私は答えた。「まだ新
しい薬なのできちんとしたデータがまだそろっていな
いんです。CMFやAC、パクリタキセルはしっかりと
した比較研究がされていて治療効果が証明されていま
すが、この薬はまだ未知数なところもあるんですよ。効
果はかなり期待できますが、一応適応もいままでつかっ
た所謂、タキサン系やアンスラサイクリン系の薬が無効
と考えられる場合ということになっているんです。」彼女
は少し考えてからはっきりとした落ち着いた口調で言った。
「つまりこの薬は最後の手でこれが効かなければもう
手はないってことですね…..。」なんて聡明で冷静で強い
人なのか。彼女は人が一番言いずらいことを先回りし
て自分で確認しているかのようだった。私は少し苦笑い
をしながら答えた。「まあそう先走って考えないで下
さい。かなり治療の幅がなくなるということは言える
と思います。」
 彼女は私の困惑した思いを気遣ったのだろう。それ
以上は問い詰めることはしなかった。
(次回につづく)
【2005/07/12 23:39】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(28)
 AC療法を続けて4クール目が終了して測定した
マーカーの値は上昇に転じていた。CTでも肺内への
転移が出現してきていた。治療にもかかわらず病気を
抑えきれなくなってきているのははっきりしていた。
 採血の結果とCTの結果を彼女に示しながら私は
説明した。「治療を変えて4回行いましたが、この治療
もそろそろ限界が近いようです。腫瘍マーカーが上昇
に転じてきています。またCTでは新たに肺への転移
が認められています。」「治療は効いていないということ
なのですか?」「全く効いていないわけではないと思い
ますが、病気の勢いを抑えきれなくなってきている
のでしょう。治療を全くしていないのにくらべれば
進行を抑えているのではないかとは思いますが…..。」
「先生としてはどうするのがよいとお考えですか?」
「微妙ですね…..。CMFとパキリタキセルはやって
いますのでね….。あとはゼローダという経口の薬
が系統が違う薬になりますね…..。変えるならこちら
でしょうが…..。タキサン系(パクリタキセル)と
アンスラサイクリン系(ドキソルビシン)が有効で
なくなってきていると考えると適応にはなります。」
「やってみて有効かどうかはやってみないと判ら
ないというわけですね….。」「言いにくいことでは
ありますが、そういうことです…..。もちろん何も
しないよりはいいだろうと考えて、もう少しACで
粘るというのも悪くはないですけど…..。」「どうせ
なおらないのならもう治療は止めてしまうと言う手は
ありませんか?」私は一瞬驚いたが、少し考えて答
えた。「もちろんそれもここまできて患者さんが
望むのなら間違った考え方では無いと思います。」
 彼女はいたずらっぽく笑っていった。「先生。冗談
ですよ….。でも抗癌剤の治療もそろそろ限界に来て
るって先生白状しちゃったわね。大丈夫、私もわかって
ますから….。手術してからもう2年近く経つんです
よね…。よくここまで来たとおもいます。治療はやれる
ところまでやりますよ。たとえ可能性が厳しいもの
であったとしてもね…..。先生が一番可能性が高いと
思う治療を教えてください。それに従いますから…。
 私はもう逃げません。やれることをやって悔い
は残したくないのでね……。」彼女の病気に対しての
闘志はかわることはなかった。私は可能性を信じて
彼女にゼローダを処方した。
(次回に続く)
【2005/07/11 23:34】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(3) |
つかめない藁(27)
 7クール目に入ったころ彼女は腰の痛みを訴えるように
なった。当初は一般的な痛み止めでと湿布でなんとか落ち
着いていたが、痛みは強くなってきていた。痛みが強くて
ダンスも少し休まなくてはならなくなった。腫瘍マーカー
の値も下降から上昇に転じてきていることと、以前撮影し
たシンチグラムで集積を認めた部位と痛みの位置が一致し
たことからから骨転移の増悪の可能性が考えられた。骨の
融解に伴う血中のカルシウム値の上昇はなかったがパクリ
タキセルの治療も限界に近そうな感じであった。
 痛み止めで痛みはコントロールするにせよ化学療法を
かえる必要はありそうであった。私はAC(ドキソルビシン
シクロフォスファミド)療法に切り替え、(これは21日で
1サイクル 注射での投与は1日目だけ)腰に関しては
放射線治療を行うこととし、放射線治療のできる施設に
通ってもらうことにした。50Gy(グレイ)で5週間
毎日通院してもらうことになったが、本人は特に愚痴も
こぼさず頑張っていた。通院はなかなか大変であったが
放射線治療を行って3週間くらいで腰の痛みは大分和ら
いだ。「また動けるようになってよかったです。」彼女は
素直に喜んだ。AC療法に変えて、腫瘍マーカーはわずか
ながら低下してきたことで私も少しほっとした。
 幸いにも生活に支障がでるほどの副作用も出なかった
ことからAC療法でしばらく粘ることで彼女も納得
した。Weeklyパクリタキセルで毎週のように注射を
しないですむことになり、放射線治療も無事におわった
ことから彼女自身は体も気持ちも大分楽になってよかった
ですと言った。
 だがAC療法もドキソルビシンの蓄積性心毒性を考える
と6クール~7クールが限界である。とりあえず6クール
やってそれからどうするか、あるいは治療の途中でまた
病気の再燃が明らかになったときはどうするか考えなく
てはならなかった。私は次第に治療が手詰まりとなって
いくのをいやがおうにでも感じざろうえなかった。

(次回につづく)
 
【2005/07/10 19:34】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(26)
 彼女は少しずつ体力が回復してきたことから少しでも収入を
得なくてはならないとパートの仕事を始めた。また彼女の母親の
再婚相手(彼女の義理の父親)の引退後の趣味が社交ダンスで、
彼女の母親と行っていたのであるが、彼女がかなり
元気になってきたことから、彼女の本当の父親と彼女をダンスの
サークルにさそったという。父親と踊るのは少し気恥ずかしいか
ったようであるが何もしないで家にいるのも気がめいるだけである
し、義理の父親が彼女に気を使っての誘いであったことから彼女も
その誘いに応じた。週2回、レッスンの時に彼女は両親と義理の父
親と一緒に練習に参加するようになった。定期受診の日に彼女は
その様子を話してくれた。「少し年配の人は多いけど
両親とも自然に話しができるようになったし、病気大変だねって
気をつかってもらったりしてます。体を動かしてると楽しいし
上手になってくるのが自分でもわかるとやる気もでてきますしね..。
 会費は私が収入ないことを両親も知っていたので、初めは親に
出してもらってましたが、少しずつパートで働いたりしてダンス
のお金くらいは稼げるようになってきました。何か趣味があるって
いうのはいいですよね。なんだか皆に支えられて頑張っていられる
んだって感じられて…。不思議なんですけど今が一番充実しています。
健康でいたときの方がむしろ何かにせかされて生きてきて本当に
幸せだと思える時がなかったんですけどね。今の方が経済的にも
厳しいし、病院に通い続けるのも大変なんですけど、両親とも、
それぞれのご家族とも自然にお付き合いできるようになりましたし
友達もたくさんできたりして….。なんか構えすぎていたのかも
しれません。もっと楽に生きられたはずなのかなって、この頃思う
ようになったんです。どれ位自分が生きられるのかはわからない
ですけど、自分が死んだら悲しむ人がいると思うともう少し
頑張ってみようとか、周りの人にもっと優しくしなくちゃななんて
思ってしまうんですよ….。昔の自分だったら考えられないことです
けどね…..。」彼女の前向きな姿勢が彼女の周りの状況も大きく変え
ていた。
あるとき彼女は言った。「朝、目がさめて痛みも息苦しさもないこと
を確認して本当にうれしいって思うようになりました….。」いずれ病魔
がまた暴れだすであろうことは彼女も私も予想していたし、彼女も覚悟
はできていたのかもしれない。
 私は彼女の貴重な時間ができるだけ長くつづくように努力し、
彼女はその時間をできるだけ有意義なものにしようと努力していた。
(次回につづく)
【2005/07/09 18:30】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(2) |
つかめない藁(25)
 症状は落ち着いており、5クール目が終了したところで彼女にシンチグラム
のできる施設にいってシンチグラムをとってきてもらった。その結果が郵送で
病院にもどってきた。届いた写真をみると前胸部の皮膚のほかに右の肋骨、
腰椎、頭蓋に集積が認められた。多発骨転移である。だが治療により右の胸水
は減少し、皮膚の再発巣は縮小してきており、マーカーも下がってきており治
療効果はあるものと考えられていたので、これらの転移巣も縮小してきている
像をみているものと思われた。(治療前のシンチグラムはとっていないので
もともとの状態がわからないため、新たに転移がでてきた可能性は否定はでき
ないが、この時点ではもともと転移巣があってそれが縮小してきているのを
みていると解釈したのである。)胸部、腹部のCT、頭部のCTでは明確な
転移巣は認められなかった。6クール目の受診日にきた彼女に私はいった。
 「CTでははっきりした新たな病巣の出現は認められていません。マーカー
もいまだに高値ですが減少傾向にあります。治療はうまくいっているものと
考えています。ただ前回とりにいってもらったシンチグラムではあちらこちら
に骨への転移が認められます。」「それはどういうことでしょうか?」彼女は聞い
た。「多分、新たな病巣ではないと思います。治療を始める前からあったもの
だったのでしょう。骨の転移などはCTでもなかなかわかりにくいですから..。
以前からあったものが縮小してきている像をみているのだと思います。画像
でもわかるように結構広範に広がっているので驚かれたとは思いますが....。」
「そうですか....。」「いまのところはマーカーも下がってきていますし、皮膚
の病巣も大分よくなってきているので治療の効果はあると思いますし、この治療
をもう少し続けたいと思います。」「わかりました。くよくよしたって仕方ないで
すものね...。やることやっていくしかないですから....。」
 全身の骨に癌が広がっているという事実に彼女は不安を覚えたがくよくよして
も仕方がないと考えた。少し黙った後、彼女は言った。「大丈夫ですよ先生。幸い
今は痛みもないし、食事も食べられているし、自由に動ける状態ですから。治療
の注射をして2日ほどはけだるいですけどそれを我慢すれば普通に生活できます
し..。今の状態にはさほど苦痛はないです。2回死の淵からもどってきたんですよ。
 マーカーも下がってきているっていうし治療もうまくいっているんですから。
 自分が一番実感しています。今以上の状態をどうして望めますか?これからの
ことはわからなですけど、何かあればその時にまた悩めばよいことですから....。」
 私は答えた。「その通りです。○○さん。でも以前とくらべ強くなられまし
たね。」彼女は言った。「そんなことないですよ。でも先のこと考えたってしかた
ないじゃないですか....。今やれることをやって天命をまつしかないんですから。
 今、痛みがなくて、楽に呼吸ができて、食事が食べれるようになったんです。
 当たり前のことがこんなに有難いものかってようやくわかった...。こうして
いられる時間がすごく貴重だってようやくわかったんです。くよくよ悩んだって
何の解決にもならないし時間の無駄。今を一生懸命生きるしかないんですから..。」
 彼女の言葉に私は力づよさとすがすがしさを感じた。
(次回につづく)
【2005/07/08 23:16】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(24)
 どうも昨日は帰りが遅くなって更新できませんでした。
 今日もぎりぎりの更新です。

 私は言った。「前胸部の皮膚の転移巣も縮小してきて糜爛
もほとんどなくなりましたし、右の胸水も殆ど消失していま
す。腫瘍マーカーも高値ですが低下してきています。治療
の効果はあったと考えていいでしょう。幸いにも大きな副作
用も起こりませんでしたし、血球の減少(抗癌剤をつかうと
血液を造成する骨髄(主に胸骨と腸骨の骨髄)の機能も抑制
をうけるので血球が減少し、感染しやすくなったり、貧血が
すすんだりする)もさほどでないですから外来で週に1回
注射しにきてもらえれば治療は継続できますから....。」
 「そうですか....。週1回注射しに来る形になるのですね。
今回はきちっと通いますから...。」数日後、彼女は母親に
付き添われて元気に退院していった。

 パクリタキセルでの治療は彼女にとってはかなり有効で
5クール目をはじめたころには皮膚の転移巣も大分消失して
きていた。このころになると、副作用である血球の減少も
目立つようになり予定通りの投与ができずに間を空けなが
ら投与を続けなくてはならなかった。白血球の数が3000/μl
を切ってくると感染症にかかりやすくなるので投与を延期
して回復を待つわけである。その間治療ができなくて、病気
が進んだら困ると彼女は訴えた。病気を治すつもりで抗癌剤
をつかって状態が悪くなってしまったら本末転倒であるから
と彼女に説明して納得させた。明らかに彼女の治療に関しての
積極性は以前とは比べ物にはならなかった。
 実際に目に見えて良くなってきていることと腫瘍マーカー
が確実に下がってきていることが彼女の励みとなり、多少の
けだるさや吐き気も苦にせず黙々と彼女は治療に励んでいた。
 この時期、彼女は両親のそれぞれの家族とも交流を持つよう
になり有意義な人間関係が構築できてきていた。外来で両親
の家族とどこかにいったなどと笑顔で外来で話す彼女をみる
ことができるようになってきたのである。多分彼女にとっては
非常に幸せな期間であったに違いない。この時がこのまま続
いてくれればよいのだがと私は願っていた。
(次回につづく)
【2005/07/06 23:59】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(4) |
つかめない藁(23)
 その後、3日に一回位彼女のところに父親と母親が訪れる
ようになった。パクリタキセルの投与が3クール目に入るこ
ろから彼女の前胸部の病巣が次第に縮小してきた。また胸
のドレーンからの排出量が減少してきていた。腫瘍マーカー
も高値ながら低下傾向となっていった。それは化学療法が
うまくいっていることを示唆していた。ドレーンからの胸
水の排出量が1日300mlから100mlへ、そして50mlと減
少していき、ついに胸腔ドレーンを抜くことができた。少し
ずつながら目に見える改善が認められたことは彼女を元気
づけた。胸水ドレーンが抜けた時、彼女は言った。「先生
2回も死の淵を見てきたけど、2回とも先生に助けられたね。
 今回助けられた事は前回みたいに無駄にしないから。今度
は絶対、逃げ出したりしないから。」私は言った。「今回、
よくなったのはご自身が一生懸命治療に専念されたから
です。貴方自身の努力の賜物ですよ。今後も厳しい場面が
また訪れるかもしれませんが、今の貴方なら乗り切ってい
けると信じています。」「有難う先生....。難しい立場な
のに心配して顔を見せてくれる両親のためにもここで終わ
りにするわけにはいきませんから......。」彼女は今回の
化学療法で髪の毛は抜け落ち、頬も少しこけていた。だが
彼女の目の輝きは以前より増し、その笑顔は今までになく
輝いて見えた。
 
 幸いにも彼女の場合、多少のだるさや吐き気は注射した
日の後、2-3日つづく位であった。大きく血球減少がお
こることもなく副作用がひどくでることも無かったこと
から外来で治療を継続することができそうだと思われた。
 4クール目がはじまって間もなく私は彼女に言った。
 「だいぶ状態も落ち着いてきましたし、そろそろ外来
での治療に切り替えていこうと考えていますが、どうで
しょうか?」彼女は言った。「本当ですか?本当に退院
できるのですか?」
(次回につづく)
【2005/07/04 22:03】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(3) |
つかめない藁(22)
 私は彼女の病状についてご両親も交えてお話をつづけた。
「現在、前胸部の皮膚の局所再発と、右胸の癌性胸膜炎
がはっきりしている病巣です。その他への広がりがないか
を確認するにはシンチグラムを行うことが必要ですが、当院
には施設がありません。他の施設に検査しにいっていただく
形になりますが、当初は状態があまえいよくなかったためで
きませんでした。ですが血液中の腫瘍マーカー(癌が増殖し
てくると上昇してくる癌が産生する酵素のこと。乳癌では
NCC-ST439やCA15-3など)の上昇があり、この数値の推移
で治療効果を評価することができます。これで病勢を評価
しながら抗癌剤での治療を行っていく形になります。一回
落ち着いたところでシンチグラムは受けていただこうと考
えていますが...。うまく治療効果が得られれば今でている
胸水の量も減少して胸に入っている管は抜くことができる
かもしれません。まずはWeeklyパクシタキセルで3クール
治療をおこない治療効果を評価したいと考えています。」
 私は化学療法に伴って起こってくるであろう副作用などに
つきご両親にお話した後、言った。「今の状況は決して
楽観できるものではありません。うまく治療効果が得られ
るかは経過をみてみないとわかりませんし、状況によって
は急激に病状が悪化する可能性があります。しかしながら
ご本人はまだお若いですし、現在可能である治療をできる
限り行っていきたいと思います。何か状況が急激に変わる
ことがありましたら改めてお話いたしますので宜しくお願
いいたします。」「こちらこそお願いいたします。」彼女
の父親が答えた。少しおいて彼女が言った。「ところで
先生、私はあとどれ位もちますか.....。」少し間をおいて
私は言った。「○○さん。はっきりしたことはいえないと
思います。薬が効けば状況が変わる可能性も充分あると
思っています。ただ、やはり完全に病気を治すことは
できないのです。その意味ではどれだけ病気の進行を遅ら
せることができるかという治療になります。」彼女は
言った。「でも完全に治ることがないということは
私はこの病気で駄目になる可能性が高いということで
すね.」「○○さん...。」「いいんですよ先生、色々あって
ようやく自分でも納得できてきたんです。そしてこの機会に
両親にやはり伝えておく必要があるって思ったんです...。
 お父さん、お母さん。本当にこの年になって心配ばかり
かけてしまってごめんなさい。そしてお父さんとお母さん
より先に行ってしまうかもしれない親不孝な娘を許して
ください。もっとはやく大切なことに気づけばよかったの
に...。本当に今日来てくれて有難うございました。
 あとどれだけ生きられるか分からないけど精一杯病気と
戦ってみます....。」彼女の父親が言った。「馬鹿いってん
じゃない。何が迷惑なもんか。親が子供の事を心配する
のは当然だし、くるのが当然だ。私より先に死んだりした
ら絶対許さないからな。絶対だ...。」積もる話もあるかも
しれないと思った私は言った。「それではお父様、お母様
今日はどうもありがとうございました。私はこれで退席
いたしますので..。この部屋はまだ使っていただいてかま
いませんので...。後で看護師に声をかけてください。」
 私は一同に一礼したあと部屋から退出して静かに部屋の
ドアを閉めた。
(次回につづく)
【2005/07/03 14:10】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(21)
 彼女のご両親をお呼びしてお話する日がやってきた。彼女も
交えて3人が1年ぶりそれぞれの事情を抱えながら顔を合わせた。
 「どうもお久しぶりです。改めてnakanoです。今日はお忙
しい中、時間をいただいて申し訳ありません。手術から1年
経過しまして、状況が少し厳しい状態となってきたためご両親
にはご説明しておく必要があると考えお呼びしました。」
彼女の父親が答えた。「いろいろお気遣い有難うございます。」
「それでいままでの経過なのですが、1年前の手術の術後経過
は概ね良好だったのですが、やはりかなり病気が進行していた
ため術後の抗癌剤での治療を開始しました。ですが今年になって
から胸水が貯まってきて呼吸が苦しくなり、今回緊急入院と
なっています。胸に管をいれまして、胸の水を排出しまして
呼吸状態は改善したのですが、胸水からは癌細胞がでていまして
癌が胸の中に広がった状態、癌性胸膜炎の状態であることが
判明しています...。」ここで彼女が口を挟んだ。「先生、
いままでの経過は私から説明しています。私が治療を勝手に
中断したことも、それで病気を悪くしてしまったことも、
そして仕事もやめさせられて、その日のお金にも事欠く状態
になったことも...。ですから気を使わなくていいです...。」
 治療の中断やここ最近の経済的な問題に関してはなるべく
触れない形で今の病状を説明しようと考えていた私は一瞬
戸惑った。「そうなんですか....。ではいままでの経過は
大体ご両親もお分かりになってらっしゃるんですね?」彼女の
母親が答えた。「娘から大体のことは聞きました。先生を
はじめ病院の方々にはずいぶんご迷惑をかけたようで...。
本当に申し訳ないです。」意外な展開に私は少し驚いた。
 だが彼女がご両親と事前に連絡をとって自分の病状を話した
ということは決して悪いことではない。今後彼女はどうしても
ご両親の助けを借りなくてはならない状況になる可能性は高い。
 だからこそ現在の病状をご両親にお話する必要があると
思われたのだ。彼女がご両親に自分で連絡したということは
不本意ながら彼女が両親に助けを求める気になったということ
であるし、それを聞いてあえて今日、両親が話を聞きに来た
ということはご両親も彼女にとって出来ることをしたいと
考えて来たということである。そして、一番私が話しづらい
ことを彼女からあえて両親に話したという事であればむしろ
私にとって現状についての説明はしやすくなったといえた。
 私は少し考えてから言った。「そういうことならむしろ
話はしやすくなりました。実はその部分はどのようにご説明
するべきか少し悩んでおりましたので...。」「先生が多分
困っているだろうと思って先に自分で話してしまったんです。」
 彼女は少し恥ずかしそうに言った。「わかりました。とこ
ろで今の病状なのですが.....。」
 私は説明を続けた.
(次回につづく)

 どうも皆さん30000Hitのお祝いのコメント有難うございま
した。日々、訪れて下さる方々が増えてきており本当に有難
いことだと思っております。今後とも息切れしない程度に時
々休みながら更新をつづけていこうと考えておりますので
引き続き宜しくお願いいたします。
【2005/07/02 23:02】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(0) |
つかめない藁(20)
 30000Hitしました。皆さんいつも見に来てくださって有難う
ございます。キリ番踏んだMeltさんコメント有難うございまし
た。これからもできるかぎり更新していくつもりなので宜しく
お願いいたします。

 その日の手術を終えて、病棟の消灯前に私は時間をつくって
彼女と話をすることにした。ご両親との約束の日が近づいてき
ていたこともあったが、彼女の今の思いも聞いておいたほうが
よいだろうと思われたこともあった。胸腔ドレーンは入ってい
たが、胸水が抜けて状態が安定して病棟内の移動はできるよう
になった彼女を私は面談室に通した。「どうも、手術でこんな
時間にしか今日は時間がとれなくて申し訳ありません。」「そ
んなことはないですよ。」「ところで今の病状ですが前にも
お話させていただいたようにあまりいい状況ではありません。
前胸部の皮膚にも局所再発していますし、胸の中に病気が広
がって癌性胸膜炎をおこしている状態です。1日500~600ml
位、胸水がでてくるのでこの管を抜くとまた入院の時のように
胸に水が貯まって肺がつぶされて呼吸困難に陥ってしまい
ます。現状の行っている治療としてパクリタキセルの効果を
期待したいと思います。」「もし、抗癌剤が効かなくなった
場合はどうするのですか?」「乳癌に有用性がある他の抗癌
剤に切り替える形になります。」「他にはどのような治療が
あるのですか?」「実績のある治療としてはアンスラサイク
リンという薬を基本にした方法があります。ただこれは蓄積
性の心毒性があるので無限にできる治療ではありません。
 やれる回数が限られるということがあります。
今回、パクリタキセルにしたのは回数を気にしないで続け
られる利点を考えてですね。あとは比較的新しいゼローダと
いう経口薬ですね...。」「抗癌剤を使っても完全には病気
は治らないんですよね...。抗癌剤治療をつづけていって
結局最後はどれも効かなくなって駄目になるということです
か....。」「先のことはどうなるかわかりませんが今できる
治療をしたいと思います。完全に病気が治らないまでも薬が
効いて胸水の量が減れば胸の管は抜けるかもしれません。」
「いずれにしてもかなり厳しいということですね...。」彼女
は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。「それでご両親へ
の話なんですけど...。」「いままでの事をそのまま説明して
もらって構わないですよ。」「それでいいんですね。」「昨日
ケースワーカーさんと話して、自分には生きていく最低限の
物以外はもう何も無くなってしまったことに気づかされま
した。かなり落ち込んだけど仕方ないと思っています。結局
目先のことばかりに追いかけられて....。家をでてから仕事
で成功することばかり考えていました。社会的に成功する
ことで周りの評価を得て幸福になれるかと思ってました。
両親があんな状態になったので結婚したいとも思えなかった
し...。正直、本当に人とかかわりあうことが怖かったのかも
しれません。おかしいでしょ...。本当は寂しくて寂しくて
仕方なかったのに...。苦しかったんです...。溺れるものは
藁をもつかむっていうでしょ..。人ときちんと触れ合うこと
ができないから....。仕事は裏切らないって思っていた。思
い込んでいたかったんですよ..。結局病気になったら会社
からはお払い箱ですしね...。つかめるわけもない藁にすが
ろうとしてそのままこんな有様ですから...。なにをあせって
いたんでしょうね...。もっと早く治療をうけていれば、あの
まましっかり治療すればよかったと思います。今の所ほどは
待遇は良くないでしょうけど、仕事だって新しくさがせば
いいって割り切れればよかったんです。そうすればこんなに
経済的に立ち行かなくなることもなかったんです。本当に今
の自分が頼れるのは仕事でも同僚でもなくて一番遠ざけたか
った両親なんだということに気が付いて....。もう情けない
やら悔しいやらで......。」彼女の頬に涙が流れた。私は静か
に彼女に言った。「お気持ちはわかりました....。○○さん。
でもまだ何も終わってないんですよ。治療はまだ始まった
ばかりですから...。状況は厳しくても全く手の打ちようが
ないということではないのですから...。やれるだけの事は
します。そして限られているかもしれない時間をどう有効に
使うか考えてください。私はその時間ができるだけ長くなる
様に努力しますから....。」彼女は少し考えてから答えた。
「わかりました。お手間かけます。宜しくお願いします。」
(次回につづく)
【2005/07/01 22:54】 つかめない藁 | トラックバック(0) | コメント(3) |
藪医者の独り言


ここに記載されたエピソードは著者の体験をもとに構成したフィクションです。 このページはリンクフリーです。気に入ったら適当にリンクを貼っていただいて結構です。


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