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開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。
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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。
(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
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この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
7クール目に入ったころ彼女は腰の痛みを訴えるように なった。当初は一般的な痛み止めでと湿布でなんとか落ち 着いていたが、痛みは強くなってきていた。痛みが強くて ダンスも少し休まなくてはならなくなった。腫瘍マーカー の値も下降から上昇に転じてきていることと、以前撮影し たシンチグラムで集積を認めた部位と痛みの位置が一致し たことからから骨転移の増悪の可能性が考えられた。骨の 融解に伴う血中のカルシウム値の上昇はなかったがパクリ タキセルの治療も限界に近そうな感じであった。 痛み止めで痛みはコントロールするにせよ化学療法を かえる必要はありそうであった。私はAC(ドキソルビシン シクロフォスファミド)療法に切り替え、(これは21日で 1サイクル 注射での投与は1日目だけ)腰に関しては 放射線治療を行うこととし、放射線治療のできる施設に 通ってもらうことにした。50Gy(グレイ)で5週間 毎日通院してもらうことになったが、本人は特に愚痴も こぼさず頑張っていた。通院はなかなか大変であったが 放射線治療を行って3週間くらいで腰の痛みは大分和ら いだ。「また動けるようになってよかったです。」彼女は 素直に喜んだ。AC療法に変えて、腫瘍マーカーはわずか ながら低下してきたことで私も少しほっとした。 幸いにも生活に支障がでるほどの副作用も出なかった ことからAC療法でしばらく粘ることで彼女も納得 した。Weeklyパクリタキセルで毎週のように注射を しないですむことになり、放射線治療も無事におわった ことから彼女自身は体も気持ちも大分楽になってよかった ですと言った。 だがAC療法もドキソルビシンの蓄積性心毒性を考える と6クール〜7クールが限界である。とりあえず6クール やってそれからどうするか、あるいは治療の途中でまた 病気の再燃が明らかになったときはどうするか考えなく てはならなかった。私は次第に治療が手詰まりとなって いくのをいやがおうにでも感じざろうえなかった。
(次回につづく)
【2005/07/10 19:34】
つかめない藁 |
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