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開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。
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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。
(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
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この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
ある日の早朝に自宅で眠りについていた私の携帯がなった。 「もしもし、nakanoですが...。」「先生、すいませんお休みの ところ....。○○さんが呼吸が止まりそうで....。血圧も さがってきています。」「わかりました。すぐ行きます...。」 電話を切ったあと妻が声をかけてきた。「あなた。呼ばれ たの?」私は答えた。「一人、具合が悪い人がいてね...。 すぐ出るから....。」 まだ明けきっておらず薄暗い中、 身支度を整えて、自転車で病院に急いだ。 白衣に着替え病棟に向かう。病棟につくとご両親とその 家族で病室は一杯になっていた。呼吸は殆ど停止しており、 私がついてほどなく彼女の心臓は停止した。心音の停止と 呼吸の停止、瞳孔の散大を確認し私は言った。 「よくがんばられましたが、午前○時△分死亡確認とさせて いただきます...。」一瞬の沈黙のあと、病室はむせび泣き の声に満たされた。彼女の父親は言った。「色々、先生方 には迷惑かけてしまって...。色々有難うございました。」
遺体の処置を看護師にお願いしている間に、面談室で この間の経過と治療に関して簡単にお話した。彼女の父親 は説明を一通り聞いた後に言った。「娘も経過を治療に関し ては納得していたようです。私もあの子の母親も本当に大 切な時間を過ごさせていただきました。娘がね....。まだ 意識があるときなんですが...。私、父さんと母さんの娘 で本当によかった....。誇りに思ってるっていってくれたん ですよ....。いっしょにいられた時間は少なかったけど 本当に楽しかったってね....。こんな親失格な私らを ですよ..。色々やってやれたのは高々、1年やそこらなのに .....。うれしい反面、悔しかったですね...。もっと色々 やってあげられなかったのかってね.....。」
彼女は最後、愛された彼女の家族に見送られて旅立って いった。化学療法をつづけていたとき彼女が私に話した事 を私は思い出していた。「先生、誰の詩かしらないけど この詩が私好きなんです。」彼女に手渡されたメモには こう書かれていた。
ある船は東へ向かい、ある船は西へと向かう 同じ風に乗っているにもかかわらず 帆の張り方なのだ 風向きではなく 船の針路をきめるのは 運命の流れも海の風に似ている 人生を進路を進む中 精神のあり方なのだ われわれの行く末を決めるのは 運命の平穏や苦難ではないのである
私は言った。「いい詩ですね。」「そうでしょう。色々考えた ら病気になってかえって私幸せになった気がするんです..。 色々な人との関係とかゆっくり考えたら自分にとって 本当に大切なことが前より分かってきた気がします....。 仕事の事ばかり考えていたのをちょっと考え方を変えただけ なんですよ.....。変な話ですよね......。なんだかこの詩が すっぽりはまる感じがしてね....。」
40数年であったが彼女なりに精一杯過ごした一生であったのだ と思う。彼女は最後の1年間、周りの人々に大きな影響を残して この世を去っていった。彼女はつかめない藁ではない何かしっか りしたものをつかむことが出来たのだろうか...。
(つかめない藁 終わり)
【2005/07/19 22:39】
つかめない藁 |
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