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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
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約束(9)
 「nakano。お疲れ様。それでどうだったんだ?」彼は不安そう
な表情を浮かべながら問いかけてきた。
 「うん。大体予想通りだったよ。腫瘍は胃の後ろの壁を食い
破って横行結腸という大腸の一部に血液を送っている血管が
入っている腸間膜という膜と膵臓の被膜に食いついていたの
でこれらを削り取る形で腫瘍を切除させてもらった。リンパ節
も結構はれていたし、腫瘍をとってくるので精一杯という感じ
だったよ。でもなんとか腫瘍はとれて、残った胃と小腸をつな
げて予定通りに再建してきたけどね。なんとか腫瘍がとれて、
食事が通る通路はつくってこれたので食事は食べられるよう
にはなってくれるとは思っているけれど....。でも肝臓や
リンパ節にかなりの癌が残っている状態だから厳しいことに
は変わりないと思うよ。抗癌剤を使ってどれだけ効果が見込
めるかだけれども....。でもまずは手術から回復してもらわ
ないといけないね....。」「そうか...。」彼は静かにうなず
いた。「それでこれがとった物なんだけどね。」私は切除標本
を彼に見せた。そこには切除された切開された胃の粘膜に
火山の噴火口を思わせる姿の大きな腫瘍が認められた。彼
はうっと唸り声をあげた。「これが腫瘍だね。このとおり
一部が壁を越えて胃の後ろの組織まで浸潤してきていたんだ。」
「かなり大きいな....。」「そうだね。お母さんの胃の出口を
完全に塞ぎかかっていたから....。」二人の間に沈黙が流れた。
 かつての同級生にすこしでも気が休まるような言葉をかけた
かった。大丈夫、これで治りますといってあげられればどんな
に気が楽なことだろうか....。
 「まずはなんとか手術を乗り切ってもらって、回復したところ
で説明するから....。今日はSもお疲れさん。今日で終わりじゃ
ないからね。まだまだ長丁場だから...。Sもしっかりしないと
かえってお袋さんに心配かけると思うし、僕もやれることは精
一杯させてもらうから...。」私は彼に言った。彼は答えた。「有
難う。今後ともよろしく頼むよ....。」一礼して彼は席を立った。

(次回につづく)

 昨日は緊急手術で呼び出されてそのまま帰れず、更新できなく
なってしましました。今日は大きな手術は無かったので早めに
帰れました。久々に起きている娘に会うことができました。
 年のせいか疲れがとれなくなってきた気がします。一時より
手術の混み具合が緩和されてきているので今週の後半と来週は
少しからだが楽になりそうです。今後とも突発的に更新できない
日もあるかもしれませんが宜しくお願いします。
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【2005/08/31 21:56】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(8)
 手術が始まった。開腹して腹腔内をみると腹膜播種
はないものの肝転移が多発し、胃の小彎側のリンパ節
はごろごろとはれていた。
 コッヘル授動すると大動脈周囲にもリンパ節の腫大
が認められた。胃の下部は全体が硬くなっており、胃
を持ち上げようとしても一部が固定されているように
感じられ、腫瘍の切除ができるか微妙と思われた。と
りあえず大網をあけ、胃の後壁を検索してみる十二指
腸の球部は無事で十二指腸側の切断はできそうであっ
た。後壁の一部は横行結腸間膜と膵臓に癒着していた。
癌の浸潤もありそうであったが、横行結腸間膜を合併
切除し膵臓の被膜をはがすことで胃との分離をするこ
とができた。
 これならなんとか胃は切離することはできそうで
あった。予定通り幽門側胃切除術を行うことにした。
 再建は肝十二指腸間膜周囲の胃癌の転移したリンパ
節が大きくなりここに食べ物を通す通路をつくるとす
ぐに閉塞の憂き目にあう可能性がありBillrothⅡ法と
いう小腸と切除の残胃を吻合する術式を選択した。ト
ラブルなく手術は終了した。なんとか手術で大元の
腫瘍はとることができたが、なお大動脈周囲のリンパ
節は累々と腫れており、肝臓にも多くの転移が認めら
れていた。末期に近い状況である。予想される予後は
かなり厳しいものであることは間違いなかった。かつ
ての同級生にこのことを話さなくてはならないのは
なんとも気が重いものであった。だが予想されたこと
ではある。
 手術についての説明を行うため、手術室に併設さ
れている面談室に彼を呼び寄せた。不安そうな表情を
うかべ、彼は看護師に付き添われて面談室に入ってきた。

(次回につづく)
【2005/08/29 23:02】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(7)
 「なあnakano.俺はお袋に迷惑ばかりかけてきた。ようやく
仕事らしい仕事にもついてこれから親孝行したいと思って
いた矢先だったんだ。にわかには信じられんよ......。」
 うなだれる彼にどのような言葉をかけても空しく聞こえる
かもしれなかったが私は言った。「ともかくできる限りの
ことはするつもりだから....。だがやはりお母さんの病気
はかなり進んでいることは事実なんだ。正直いうと手術
で腫瘍をとってあげられるかもわからない。なんとか腫瘍
だけはとってきて食事が食べられるようにはしたいとは思
ってる。あとは抗癌剤がどれくらい効いてくれるかなん
だが....。これもどれだけ効いてくれるかはやってみな
いと....。君がしっかりしないとお母さんだって安心でき
ないと思うよ。つらいとは思うけど.....。」
 「わかってはいるんだ。わかってはね...。」彼は自分を納得
させるようにつぶやいた。そこには私の記憶の中に残っている
中学のころの荒れていた彼の面影はなく、肉親を失うかも
しれない悲しみに打ちひしがれた男がいた。できる
ことなら彼の母親を救ってあげたい。それができると言って
あげたかった。だが気休めをいっても、いずれ現実は彼を深
く傷つけるであろう。それはできないことであった...。

 彼の母親の手術の日がやってきた。その日の朝に彼女の
病室を訪れる。彼は母親に連添っていた。「おはようござい
ます。どうですか昨日は眠れましたか?」彼女は言った。
「少し緊張して眠れませんでしたけど大丈夫です。」「特に
心配なことはないですか?」「ありません。あとは俎板の鯉
です。先生にお任せしますので...。」「わかりました。それ
では今日、宜しくお願いします。」「こちらこそ宜しくお願い
します。」Sは言った。「nakano。よろしく頼むな...。」
私は彼に答えた。「わかってる。できるだけの事はやらせて
もらうから....。」一礼をして私は彼女の病室から退出した。

(次回につづく)
【2005/08/28 15:56】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(6)
 「手術は幽門側胃切除術といって、胃の出口側の2/3を切除
するか、腫瘍が思ったより胃の上の方まで来ていた場合は
胃の全摘出を行います。切除が難しいと判断された場合は
胃と小腸をつなげて食事が通る道を作る手術も考えられ
ますが、それも難しい場合はそのまま何もせずお腹を閉じる
場合もあります。できれば腫瘍だけはとってきたいところで
すが...。」彼女は言った。「かなり進んでいるんですね...。
手術も大変そうですね....。」私は言った。「ええ、手術で
胃をとったとしても肝臓の腫瘍はのこりますし、手術を
乗り切っても追加の治療が必要になるのは間違いないです
が、まずは手術を乗り切ってもらってそれからまた相談
させていただきます。」続いて私は術後の見込みと起
こりうる合併症について説明した。一通りの説明を聞いた後
彼女は言った。「手術は必要みたいですし、先生にお任せし
ます。お前もそれでいいよね。」彼女に問われた息子は言
った。「うん。大体のことはわかったから大丈夫です。
ひとつ母を宜しくお願いします。」私は言った。「わかりま
した。」手術の承諾書にサインをもらったのち、彼女と息子
さんを部屋から送り出した。その際、私は母親に気づかれぬ
様に息子にささやいた。「一回、お母さんを部屋に帰したら
気づかれぬようにまた看護詰め所に来てくれるかな?」彼は
そ知らぬ顔で頷いた。

 10分後、彼は看護詰め所にやってきた、手招きをして面
談室に来てもらった。「どうも、申し訳ありません。お母
さんの病状のことなんですけど....。」Sは言った。「なあ
nakano。予想はしていたけど、かなりお袋、悪いみたいだ
な....。」少しの沈黙が二人の間に流れた。「正直いって
その通りです。病期的には末期に近いと考えてもらった
方がよいかもしれません。」「なあ、nakano。そう他人行儀
にしなくてもいいさ。率直なところお袋はどれ位もつん
だい?」それを話そうと思って彼を呼び寄せたのだ。私は
少しためらいながら言った。「正直、年単位は難しいと
思う。術後に抗癌剤を使ってそれが効く可能性はあるけど
数ヶ月の可能性もあると思う.....。」「そうか.....。」
彼は大きな溜息をついてつぶやいた。

(次回につづく)
【2005/08/27 22:25】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(5)
 彼女の貧血に対して輸血をおこない貧血の改善をはかると
同時に術前検査を行った。胃のバリウムの検査でも腫瘍は
胃の出口を塞ぎかかっていた。しかしながら幽門(胃の出口
の部分)は保たれており十二指腸には腫瘍は浸潤していな
いと思われた。腹部のCTでは肝臓の転移もあったが胃の
周囲のリンパ節の転移が明確に描出されていた。とくに胃の
小彎側のリンパ節の腫脹が著しかった。しかしながら、胃の
背中側にある膵臓との境界は保たれており、なんとか腫瘍
自体の切除はできるのではないかとは思われたが予後的に
は非常に厳しいであろうと考えられた。大腸の検査では横
行結腸への直接浸潤は認められなかった。一通りの検査を
終えた後、改めて彼女と彼女の息子さんにお話することに
なった。
 「現在の状況ですが、胃の出口の付近に腫瘍がありまして
これが胃の出口を塞いでしまっている状態です。この腫瘍
からは悪性の細胞がでてきています。つまり胃の悪性腫瘍
であるということです。この腫瘍はここだけにとどまらず
周囲のリンパ節に広がっており、肝臓にも多発性に転移
しています。非常に病気が進んでしまっている状態です。
 この状態で完全に腫瘍を手術で取りきるのは不可能で
すが、このまま放置していたならば完全に胃の出口がふさ
がれてしまい食事も食べられなくなりますし、ここから
出血もしてきていて貧血もすすんだという経緯からいうと
この腫瘍だけは切除して食事はたべられるようにして、あ
とは腫瘍に対しての薬をつかって経過をみるというのが
好ましいと考えます......。」

(次回につづく)

 まだ夏休み体制で休みの先生がいることと、なぜか例年
になくこの時期にしては予定手術が多いこともあって休み
明けも忙し目の日々を送っています。更新が不定期になって
きていてすいません。明日は当直なのでブログはお休みです。
 ちょっと体がきついので今日は早寝して当直に備えたい
と思います。引き続きよろしくお願いいたします。
【2005/08/25 22:25】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(4)
 翌日、彼女を入院させた。外来の終わった昼すぎに彼女の
息子さんも呼んで病状の説明を行うこととなった。面談室
に彼女と息子さんを呼び寄せる。私は説明を始めた。
 「どうも、今回担当させていただく外科のnakanoです。
現在の病状に関してなのですが、胃の出口に腫瘍がありこれが
胃の出口を塞ぎかかっています。このため食欲がなくなって
います。またここから出血しているがために貧血が進行して
しまっています。腫瘍からとった組織の検査の結果では悪性
でした。また腹部のCTでは肝臓にも影が見えまして胃の
腫瘍が肝臓にも転移しているものと思われます。手術で腫瘍
をすべて取りきることはできませんが、このままでは食事
もとれませんし、出血も続いて貧血も悪化すると思われます
ので胃の部分に関しては切除を行いたいと思います。」彼女
は言った。「わかりました。」「手術を行うためにまず貧血を
改善しておかなくてはなりません。貧血がありますと充分に
組織に酸素が運ばれなくなり傷の治りが悪くなり合併症を
起こす可能性があります。そのために輸血を行います...。」
私は手術前の検査を含む色々な準備について説明を行った。
 そして手術予定の日とその前に手術の説明をする日を設定
した。最後に私は言った。「手術前に改めて検査結果と手術
のご説明をさせていただきたいと思います。ここまでで何か
お聞きしたいことがありますか?」彼女の息子が言った。「大
体のことは解りました。ところで先生はどちらの出身でらっ
しゃいますか?」突然の質問に少しいぶかしく思いながら私
は答えた。東京のX区ですが...。」「もしかしてY中学に
いらっしゃいませんでしたか?」何を聞かれているのかよく
解らなかったが私は答えた。「ええ、そうですが....。」
「私を覚えていますかね...。多分先生と同級だったのでは
と思うのですが.....。」言われてみて彼の顔を改めてみると
見覚えのある顔であることに気がついた。「ああ、Sさん
ですね...。あなたのお母様だったんですか....。すいま
せん。全然気がつかなかったです。」中学のころの彼はか
なりイケイケのワルであった印象であったが、大分穏やか
な印象であった。特に仲が良かったわけでもなく、付き
合いがあったわけでもなかったので彼が私のことを覚えて
いて先に気がついたことも意外であった。「私も話を聞き
ながら何か聞き覚えのある声と顔なんだがと思っていたん
です。世の中広いようで狭いですね。いずれにしても母の
こと宜しくお願いします。」彼はお辞儀をして母親と共に
部屋を去った。

(次回につづく)
【2005/08/24 23:59】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(3)
 「それで内科の先生としてはどうも腫瘍は悪性のようであるし
薬ではよくならないので外科の先生にみてもらえといわれまし
て....。」彼女は少し不安げに話した。
 「そうですね、内視鏡の所見では腫瘍はかなり大きい感じで
すし、そこから組織をとった結果ではやはり悪性の細胞がでて
きているようですね...。どうもCTでみると胃の周囲のリン
パ節や肝臓にも病気がひろがっているようです。手術ですべて
の腫瘍をとることはできないのですが、今の状態では食事も
食べることもできなくなっていますし、腫瘍から出血して貧血
もすすんできているようなので胃の腫瘍だけでもとれるのなら
とった方がよいと思います。いままで健診などはうけられた
ことはないのですか?」私は尋ねた。「ええ、職場は小さな工場
ですし、市の健診もいっていなかったので...。」「でもひどい
貧血ですよ。普通の方の半分以下の血の濃さになっています。
内科の先生が造血剤を処方していますが充分に効果がないよう
ですし、いずれにしても入院して輸血をして貧血を改善させて
から手術をしなくてはならないと思います。入院はできそう
ですか?」と私は尋ねた。「内科の先生からもいわれていました
し、職場の方にもどうやら病気で入院しなくてはならなさそ
うだと話はしてあるので...。明日なら準備できますので...。」
 「わかりました。では明日入院としましょう。入院の予約を
いたしますので。病状の説明をご家族の方にした方がよいと
おもうのですが.....。主に説明をさせていただくご家族はど
なたになりますか?」彼女は言った。「一応兄弟はいますが、夫
はずいぶん前に亡くなっています。独り息子がいますので息子
に説明してもらえれば....。」少し溜息混じりに彼女は言った。
「わかりました。では息子さんに来てもらってお話させていた
だく時間をきめさせていただきますので....。」本日できる
心電図や胸部レントゲン検査などの術前検査に彼女に回って
もらい、私は明日の入院の手続きを行った。

(次回につづく)
【2005/08/23 22:41】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(2)
 ある年の夏の日、東京のある病院に最近食事が食べられなく
なり、おなかの痛みも伴うために50代の女性が外来を受診した。
 内科の医師は眼瞼結膜の貧血を認め、腹部の触診で患者が痛み
を訴えるみぞおちのあたりにしこりが触れる気がして採血と
腹部のCT、上部消化管内視鏡をオーダーした。採血の結果
重度の貧血があり医師は入院を勧めたが本人が入院は希望しな
かったため、造血剤と胃薬を処方された。腹部CTでは胃の出口
付近に壁の肥厚を認め、周囲のリンパ節の腫脹と肝臓に多発する
腫瘍が認められた。上部消化管内視鏡では胃の出口を塞ぎかけて
いる腫瘍が認められた。内科の医師は胃癌の肝転移と診断した。
 痛みを伴い食事も摂取できなくなってきていることから根治性
はないが、外科的な切除の適応がないかということで外科の外来
にまわされてきた。内科の先生からの紹介と画像をみてこれは
少し大変そうだなと私は思った。患者さんを病室に呼び入れる。
 「こんにちわ。内科の先生からの情報いただきました。いまま
での経過について改めてお話を聞かせていただきたいのですが
よろしいですか?」私は彼女に話しかけた。彼女は言った。
 「はい。3ヶ月前くらいからなんとなくおなかが重たい感じ
があったんです。次第に痛みをともなうようになってきま
した。近くの医院にいって胃薬もらって様子をみていたので
すがあまり症状がかわらなくて...。最近は食欲もおちてきま
したし、どうもふらつきもでてきたのでこちらを受診しま
した。結構な貧血があるということで内科の先生は入院を
すすめてくれたんですが、家と仕事の都合もあってそれは
断ったんです。胃カメラの検査でどうも胃の出口のあたりに
腫瘍ができていてそれで食事がとれなくなっているようだ
ということでした。」
(次回につづく)
【2005/08/21 17:24】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(1)
 私が子供の時、父親を亡くしました。お世辞にもあまりいい父親
ではなかった。飲んだくれて、母親や自分に暴力をふるい親らしい
事をしてもらったことはなかった覚えがあります。父親が亡くなっ
たとき、子供心にほっとしたのを覚えています。しかしながら幼い
子供を抱えて独り身となった母親の不安はいかほどのものであった
でしょうか。生活を支えるために働きにでる母親。母子家庭で貧し
い生活が続きました。母親の苦労をよそに私は悪い仲間達と付き合
うようになりました。注意する母親に手をあげる事も何度もありま
した。金ほしさに人を脅してたかったり、薬に手を染めたりして荒
れまくっていました。そして鑑別所送り。引き取りにきた母親は
鑑別官に責められましたがただただ頭を下げるだけでした。「俺が
悪いのになぜ母親が責められる?」そんな思いが浮かんだのを覚えて
います。帰りの途中、私は言いました。「母さん。すまなかった。」
そのとき母親は言ったのです。「お前の辛い思いや苦しみを受け止
めてやれるだけの余裕も力もなくてすまなかった。お前が1人前に
なるまでは私の責任だから。」母親の小さな背中に自分の情けなさ
を思い知らされました。その後、悪い仲間とはすっぱり手を切り
更正しようと努力しました。ですが鑑別所送りになった筋入りの
ワルだった自分をそうそう周りが受け入れてくれてくれる訳も
ありません。新しい事をしようとしたり、新たに人間関係を作ろう
と努力すれば努力するだけ、うまくいかないことや疑いの目で
みられることもしばしばでした。何度、挫折して元の道に戻ろ
うかと悩んだこともあります。このままどうしようもないまま
になってしまうのではないかと思える時もありました。そのと
き母親は私にいいました。「大丈夫、お前はうまくやっていけ
る。」そして問うたのです。「お前はなにをやりたいんだい?」
私がまだわからない、自分自身が何で生きているのかも解らない
と答えると母親は言いました。「お前が人生が何のためにあるのか
を問うているならそれは無意味だ。人は人生にお前はどう生きる
のかを問われつづけているのだから。その問いかけに答えようと
努力しなくては答えは見つからない。人生の意義は自分自身で
しか見つけられないのだから。私の人生はお前を一人前にする
ためにあると思っている。そのためにいままで全力をつくして
きた。力不足でお前にも辛い思いをさせてしまったがね。だか
らできる限りは私はお前に力をかすけれどもお前の人生を切り
開くのは結局お前自身なのだから。私はお前のことを信じてい
る。周りがどう思おうとお前の可能性を信じている。」何度私
はこの言葉に救われてきたことでしょうか.....。

 中学の同級生の母親の告別式に私は出席していた。彼の頬に
は涙が流れていた。これは彼とその母親の物語である。

(次回につづく)
【2005/08/20 23:32】 約束 | トラックバック(0) | コメント(1) |
百合の花(15)
 彼が転勤となって半年ほどが経過した。多忙な日常業務に追われ
彼のことも忘れかけていたころに病院の医局に手紙が届いた。名前
に見覚えはあったが一瞬、誰だかを思い出すことができなかった。
 封筒を開いて手紙を開いて文面を読み進んで彼のことを思い出
した。転勤した大阪で紹介状をもって行った病院でも同様の化学
療法が継続され無事に2年間終了したこと、今のところ幸いにも
再発所見もなく腫瘍マーカーも正常に推移していることが綴られ
ていた。病状についての現状の状況についての後に続いてこう記さ
れていた。「いろいろありましたが、2年間無事に経過しました。
これを機に彼女と再度、婚約することになりましたので報告します。
 化学療法が終わるころ彼女の方から大阪に連絡があり、後日
逢って色々、話をしました。2年間離れていても、彼女の気持ちは変わ
らなかったということで私としては嬉しかったのですが、いずれに
してもすぐには決断がくだせませんでした。彼女は私に改めて交際
を再開する意思があるのなら自分の誕生日に百合の花を送って欲しい
と告げました。だめならそれで割り切れると。彼女の誕生日まで
1ヶ月ありました。私なりに1ヶ月悩んでこのような決断になりました。
 彼女のご両親の反対もありましたが、なんとか承諾を得ました。
先生にも色々ご心配をかけたことと思いますのでお手紙でご報告
いたします。今後も3年は慎重に経過をみていかなければなりませ
んがこのままうまくいってくれると信じて頑張っていきたいと思い
ます。無事5年経過したら、改めて彼女の好きな百合の花を贈る
つもりです。もし東京にまた戻る機会があれば先生のところにまた
厄介になるかもしれません。手術と術後、ご厄介になったことを
改めて感謝いたします.......。」
 無事に2年の化学療法を乗りきったのが解って私はホッとした。
 今後も色々大変であろう。だが彼らならうまく乗り切っていける
だろうと私は思った。結局、私も病院を転勤となり、その後の彼ら
の動向はわからなくなってしまったが、彼は彼女に百合の花を送る
ことができたであろうと考えているし、きっと今も元気にやっている
ことであろうと思っている。

(百合の花 終わり)

 無事に帰ってきました。長期にお休みさせていただいて、大分精神
的には楽になりました。でも休みの後というのは仕事がたまっている
もので結局帰りは遅くなってしまい、とりあえず12時前に文章途中で
更新して、訂正という形で12時超えて文章を完成させました。
 12時前後で見た方は訳がわからない文章になっていてびっくりした
のではないでしょうか?あと50000Hitどうも有難うございました。
 引き続き頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 休み中にいただいたコメントや掲示板の投稿有難うございました。
 今日はもう遅いのでレスは明日つけさせてください。
 それでは引き続き宜しくお願いいたします。
【2005/08/19 23:58】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(5) |
百合の花(14)
 それから4ヶ月ほど経ったある日、彼は予定通りの外来の
日にやってきた。採血の結果も大きな異常はなく化学療法
はこれまでと同様に続けられそうであった。
 「採血の結果、血球数も問題なさそうですし、引き続き
このままの治療を継続できそうです。」「そうですかそれは
よかったです。」「今のところ再発の兆候もないですし
いい感じだと思います。薬処方しますので次回は2週間後
にまた来ていただこうと考えています。」「わかりました。
ところで先生、実はご相談がありまして.....。」「はい。
なんでしょうか?」彼は言った。「今度、会社の方で転勤
になりまして大阪の方にいかなくてはならなくなりまし
て....。」「そうですか....。」「転勤は1ヵ月後になります。
治療は向こうでも続けた方がいいんですよね?」彼は
少し心配そうに聞いた。私は言った。「ええ、そのほうが
いいと思います。これまでの経過をまとめて紹介状を
用意しますのであちらでも治療を続けていただいた方が
いいと思いますよ。」「わかりました。それでは2週間後に
来た時に紹介状をいただいて、あちらでも治療を続ける
ようにしたいと思います。」「そうしてください。環境も
変わって大変だと思いますが...。」「そうですね。新しい
ところに慣れるのも時間がかかるでしょうし、やはり
病院もできれば慣れたところの方が安心なんですけど。
仕方ないですから。」「それでは次回が最終の受診日に
なってしまうのですね。」「多分そうなると思います。」
 「解りました。少し寂しいですけどあちらでも元気で
やってください。」「どうも先生有難うございました。」
 彼は一礼をして診察室を去った。

(次回につづく)

 皆さん。お盆はいかがお過ごしですか?私は夏休みを
もらったので実家に家族といく予定です。先週は夏休み
体制で(外科医師が代わりばんこに夏休みをとっている)
チームの2人が休みに入ってしまったにも関わらず、予定
手術が混んで、仕事が全く片付かず、殆ど家に帰ってこ
れない状況でした。更新が途切れ途切れになってしまい
申し訳ありませんでした。
 ブログも夏休みになってしまいますが8月19日以降は
何とかもとのペースにもどして更新していきたいと思います
ので引き続きよろしくお願いいたします。普段、家に置き
去りにされている子供達と奥さん孝行して少しリフレッシュ
して戻ってきますね.....。それではしばらく一旦おいとま
します。
【2005/08/13 22:03】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(1) |
百合の花(13)
5FU、LVでの経口薬の抗癌剤での治療を継続する
にあたって、彼の場合は幸いにも大きな副作用が
出現することなく経過した。月に平均して2回ほど
きてもらいながら大きな自覚症状がないことを確認
し、また採血して特に血球減少もないことを確認し
ながら治療を継続した。術後の体力の回復もまずまず
で、術後1ヶ月半位で仕事にも復帰してなんとかやって
ますと彼から報告をうけた。定期的に腫瘍マーカーを
チェックし、3ヶ月おきにCT、超音波で再発の兆候
がないかを確認した。幸いにも3ヶ月たっても、半年
経ってもはっきりした再発の所見は認められなかった。
 仕事の合間に病院に通ってくるのは大変ではあった
だろう。だが彼は外来を中断することなく通い続けた。
 そして1年が経過した。このときも、大腸内視鏡を
含めて一通りの検査を行ったが再発の所見は認められ
なかった。結果を説明しながら私は外来で彼に言った。
「お疲れ様です。1年経ちましたね。治療を頑張って
いただいていることもあって、今のところはっきりした
再発の所見は認められません。」「有難うございます。
おかげさまでなんとかここまで来ました。まだまだ
先は長いですが1年経って少しほっとしています。」
「そうですか...。今のところは薬の副作用も許容で
きる状況ですし、現在の治療をあと1年続けたいと
思います。大変だとは思いますが.....。」「そんなこと
もないですよ。大分、今の治療にも慣れましたし、
このまま行ってくれればいうことないですから。
 だいぶ仕事の方も軌道に乗ってきた感じですし
結構これで充実していますから....。確かにいつ
再発するかもわからない状態ってのはすこしは
不安ですけど、悩んだってよくなるものでもないで
すし割り切るようにしています。悩んでよくなるん
だったら1日中でも悩んでますけど、なんの生産性
もないですし...。仕事も含めて、今自分がやれる
ことに没頭していた方が気もまぎれるし、充実感も
あっていいですから。」「そうですか。それは良かった。」
 彼の前向きな姿勢に私も少し安心した。
(次回につづく)
 
【2005/08/10 23:54】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(0) |
百合の花(12)
 私は一瞬、しまったと思った。 「これは余計なことを...。
どうもすみません。」 だが、彼は穏やかに言った。「いいん
です。自分の中でも病気になってから考えていたことでは
あるんで....。私から言ったんです。彼女は怒ってました
けど...。正直、今の自分の状況を考えると彼女を幸せに
できる自信もないし、彼女の情に頼って一緒にいてもかえって
辛いような気もしましてね....。いずれにしても2年は結婚
待ったほうがいいだろうし、その間彼女を縛り付けるのも
気が引けますしね....。彼女は一緒に苦難を乗り越えればいい
といってくれましたけど、病気のことは先はわからないし
本当に彼女の事が大切だから、彼女の悲しむ顔をみるのが
辛いから今は別れたいと告げたんです.....。」彼は特に
感情的になることもなく淡々と話した。「とりあえず、化学
療法2年が無事に終わるまで一旦別れよう。その間、君が
いい人に出会えるのならそれでいい。2年経って、もし
まだいい相手がいなくて、自分の事を愛してくれることが
できるということならまた一緒になろうって言ったんです。」
「そうですか....。」「馬鹿!大事なことを勝手に自分で決め
ないで!一体、私のことをなんだと思っているの!って
散々言われました.....。自分の気持ちをなんとか説明しよう
としたんですが最後は喧嘩になってしまって...。勝手に
すればいいわ!貴方のことなんてしらないからっ!て言わ
れて、それっきりになってしまって....。ちょっと円満な
形ではなかったけど彼女にとってはこれでよかったんじゃ
ないかって自分では納得しています。まあ、もう少し彼女
を傷つけないできちっと話し合えればよかったんですけど
.....。」しばらくの間、沈黙が流れた。
 私は言った。「色々大変でしょうが、病気に対しての治療
は続けていきましょう.....。余計なことかもしれないと
は思いますが、なにも別れなくてもよかったのではないで
すか?そんなに頑なに考えなくても....。これから病気と
付き合っていくのは長丁場ですから....。彼女と一緒に
いて悪いことはないと思いますよ....。一度は夫婦になる
ことを決めた仲なのですし、結婚は待つとしても結論を
急ぐ理由はないと思うんですが......。」彼は言った。
「先生、お気遣い有難うございます。でももう過ぎたこと
ですから.....。」彼はあくまでも冷静に受け答えをした。
 彼なりの彼女に対する精一杯の愛の形であったのだろう
が少し寂しい感じを覚えた。

(次回につづく)

 昨日は日当直でお休みいただきました。今日の手術も
まずまず問題なく終了して少し安堵しています。今日は
国会が大変なことになっているようですね....。
 今後とも宜しくお願いいたします。
【2005/08/08 23:25】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(3) |
百合の花(11)
 血液検査を行い、問題がないことを確認し治療を開始した。
 投薬を開始してしばらく軽度のけだるさと食欲の低下は
あったが、耐え難いものではなく退院するのに問題がない
ことを確認し投薬を始めて1週間程度で退院とした。この間
彼女は毎日見舞いにきていた。大切な時期での困難に対して
彼らは前向きに立ち向かっているように見えた。大きなトラ
ブルもなく予定通りの退院となった時、彼らは、百合の花を
看護婦詰所にもってきた。「どうも先生有難うございました。
これ彼女が好きな花なんです。お世話になったので病棟に
飾ってください。おかげでなんとか無事に退院となりまし
た。今後もいろいろ宜しくお願いします。」「どうもご苦
労さまでした。お花、素敵ですね。今後も大変だと思いま
すがこちらも出来る限りやらせていただきますので...。」
 退院の挨拶の後、彼は彼のご両親と彼女に付き添われて
家へ帰っていった。

 2週間後に彼は定期の予約受診日にやってきた。受診の
前に投薬の継続が可能か確認するために採血で血球の減少
がないかどうかと確認する。彼の採血の結果は特に問題
なく血球の減少は認められなかった。これなら問題なく
治療を継続できるなと私は考えながら彼を病室に呼び入
れた。
「どうも今日は。ご苦労さまです。この間で変わった
ことはないですか?」彼は言った。「特にかわったこと
はないです。手術後も順調ですね。食事も食べられてま
すし、排便も排ガスも順調です。痛いところもないですね。」
「わかりました。それでは腹部を診察したいのでベットの上
で横になっていただけますか?」「わかりました。」
 腹部所見を確認する。腸音も問題なく圧痛も認めない。
「大丈夫そうですね。」私は言った。彼に椅子に戻って
もらった後、私は言った。「採血のデータ上、血球の減少
は認められないので投薬の継続には問題はなさそうです。」
「よかったです。」「引き続き薬を処方させていただきます
ので...。次回受診は休薬後の3週間後でいいですよ。」
「わかりました。」「どうですかその後、仕事の方は?」
「専門性のある部署なので首にはならないで済んでます
けど、まだ完全に復調というわけにはいかないですね。
でもぼちぼちやっています。」「そうですか....。その後
結婚の方は話は進みそうなんですか?」私は特に悪気も
なく自然に彼に聞いたつもりだった。だが彼の返事はそ
の質問をした事を私に後悔させた。彼は静かに答えた。
「彼女とは別れました....。」

(次回につづく)

 昨日は手術後に別の癌の終末期の患者さんが亡くなったり
でバタバタして家に帰ったときには日付が変わってしまい
更新できませんでした。明日も日当直でブログお休みになり
ます。月曜日も大きな手述があるのでかなりきついとは思い
ますが、12時に間に合えば更新しようと思っています。
 ここのところ仕事が立て込んでいてなかなか自宅のパソコン
の前に座る時間がとれなくなってきていますが、なんとか
このブログは続けたいと思っていますので、更新が一時的に
途絶えても引き続き暖かく見守っていただければ幸いです。
【2005/08/06 22:50】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(3) |
百合の花(10)
 「治療としては5FU(ファイブエフユー)とLV(ロイコ
ボリン)の併用療法を考えています。所謂ホリナート・
テガフール・ウラシル療法といいまして2種類の経口の
抗癌剤を28日連続で内服し、一週間休薬し1クールと
します。つまり35日で1クールですね。これを繰り返し
て経過を見たいと思います。2年間継続し、再発がなけ
れば一旦中断し5年間再発がないかみていくことになり
ます。外来は投薬の開始直前と開始してから2週間のとこ
ろで採血して、血球減少などの大きな問題がないこと
を確認して内服を継続してもらうと言う形になります。」
 彼は言った。「治療は必要なんですよね...。でも治療
していても再発する可能性は全くないわけではないと.。」
 私は頷いていった。「そうですね。再発の可能性は
減らすことはできても0にすることはできません。
 いずれにしても5年間は経過をみないと治ったとはいえない
のです....。」彼は言った。「そうですよね.....。よく
わかりました。でも手術の経過も良かったですし、悪い
方に考えていても仕方がないですから。可能な治療を
受けさせてもらってできれば完治させたいものですね..。」
 「できれば私もそうしたいと考えています。本日の採血
では大きな問題はなかったので内服は明日から開始して
もらって、1週間くらい経過みて問題なければ一旦退院
にしたいと考えています。」彼はしっかりとした口調で
言った。「わかりました。よろしくお願いします....。」

(次回につづく)
【2005/08/04 23:33】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(0) |
百合の花(9)
 大きなトラブルもなく、食事の摂取量も充分となり状態が
落ち着いてきたときに手術でとった標本の病理結果が戻って
きた。深達度(大腸の壁にどれだけ深く進んでいるか)は
se(大腸の壁の外側の漿膜の外まで癌が顔を出している
状態)リンパ節の転移は1群までであった。ステージ分類では
stageⅢaである。根治度Aで根治性のある手術はできていた。
 しかしながら、リンパ節の転移があるのは予想されたとは
いえ彼にとってはあまりいい話ではなかった。彼は若いし、
再発の可能性をできるだけ避けるためには抗癌剤での治療
を行う必要があると考えられた。ともかく今後の治療について
お話をしなくてはならない。私はある日の夜にご家族をお呼び
しお話をすることにした。

 面談の日、本人のご両親、彼女と彼女のご両親が訪れた。
 私は本人と彼らを面談室に招きいれた後、説明を始めた。
 「どうも今日はお疲れ様です。先日の手術後の経過は概ね
良好でした。今、お食事も充分摂取できるようになりました
し、排ガス、排便も順調で大きな問題は起こっていません。」
 彼の父親は言った。「ええ、思ったより早く元気になって
安心しております。」私はつづけた。「それで先日の手術で
とった検体の病理結果がもどってきたのですが....。」私は
少し事実を伝えるのをためらった。この事実を伝えることで
彼と彼女の人生が変わっていく可能性がある...。だが
正確な情報を伝えなくてはならない....。「腫瘍は大腸の壁
を食い破って大腸の壁の外に顔を出していました。そして
1群のリンパ節に転移を認めています。」彼は言った。「それ
はあまりいいことではないんですよね....。」私は静かに頷
いてから続けた。「今後の再発の可能性はそれなりに高いと
考えなくてはなりません。現状では目に見える範囲では
癌は取りきれていますが、再発の可能性を考えると抗癌剤
の治療が必要だと考えています。」彼女は言った。「それで
どれ位の期間治療が必要なのですか?」私は少し口ごもった
が間をおいて言った。「とりあえず2年くらいは......。」
「2年...ですか....。」彼女は絶句した。

(次回につづく)
【2005/08/03 22:41】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(4) |
百合の花(8)
 手術翌日の朝、HCU(集中治療室)の彼の元を訪れた。彼は
比較的元気そうであった。腹部の創の処置を行い、胃チューブを
抜去した。私は彼に話しかけた。「Sさん。お疲れ様でした。まだ
傷痛みますよね。」胃のチューブを抜去して一息ついた彼は言った。
 「どうも先生。それほどでもないです。手術はうまくいったみ
たいですね..。」「手術は問題なくおわりましたよ。予定どおり
の手術になりました。特に問題なさそうなので予定どおり外科の
病棟に今日もどってもらうことになりますから。」「わかりました。」

 術後の経過はおおきな合併症を起こすことなく概ね順調に経過
した。術後数日で彼は病棟内を動けるようになり、排ガスもあり、
5日目には食事を再開することができた。彼女も仕事が終わった
帰りに病棟によるようで夜回診に訪れると見舞いにきているの姿
をみかけた。ある日、回診に回ったときに彼に言った。「食事も
食べられているし、排便もあるし、術後の経過も順調ですね。彼
女ともうまくいっているようですね。毎日見舞いに来られている
ようですし.....。」彼は少し沈んだ声で答えた。「そうなら
いいんですけどね。今後の病気や仕事のこともあるし...。なか
なかこの状況だと仕事もバリバリというわけにもいかないでし
ょう。収入や将来のことを考えると不安ですね...。向こうの
ご両親のお考えもあるので僕と彼女の気持ちだけで事を進める
ということもできないですから....。でも一々、気に病んでても
仕方がないですから...。」「そうですか.....。でもまず早く良く
なってもらわないと始まらないですから....。落ち着いたところ
で今後の治療方針についても相談したいとは考えておりますので。」
彼は言った。「分かりました。有難う先生。まあ宜しくお願い
します.....。」

(次回につづく)
【2005/08/01 22:11】 百合の花 | トラックバック(0) | コメント(0) |
藪医者の独り言


ここに記載されたエピソードは著者の体験をもとに構成したフィクションです。 このページはリンクフリーです。気に入ったら適当にリンクを貼っていただいて結構です。


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