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開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。
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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。
(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
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この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
私が子供の時、父親を亡くしました。お世辞にもあまりいい父親 ではなかった。飲んだくれて、母親や自分に暴力をふるい親らしい 事をしてもらったことはなかった覚えがあります。父親が亡くなっ たとき、子供心にほっとしたのを覚えています。しかしながら幼い 子供を抱えて独り身となった母親の不安はいかほどのものであった でしょうか。生活を支えるために働きにでる母親。母子家庭で貧し い生活が続きました。母親の苦労をよそに私は悪い仲間達と付き合 うようになりました。注意する母親に手をあげる事も何度もありま した。金ほしさに人を脅してたかったり、薬に手を染めたりして荒 れまくっていました。そして鑑別所送り。引き取りにきた母親は 鑑別官に責められましたがただただ頭を下げるだけでした。「俺が 悪いのになぜ母親が責められる?」そんな思いが浮かんだのを覚えて います。帰りの途中、私は言いました。「母さん。すまなかった。」 そのとき母親は言ったのです。「お前の辛い思いや苦しみを受け止 めてやれるだけの余裕も力もなくてすまなかった。お前が1人前に なるまでは私の責任だから。」母親の小さな背中に自分の情けなさ を思い知らされました。その後、悪い仲間とはすっぱり手を切り 更正しようと努力しました。ですが鑑別所送りになった筋入りの ワルだった自分をそうそう周りが受け入れてくれてくれる訳も ありません。新しい事をしようとしたり、新たに人間関係を作ろう と努力すれば努力するだけ、うまくいかないことや疑いの目で みられることもしばしばでした。何度、挫折して元の道に戻ろ うかと悩んだこともあります。このままどうしようもないまま になってしまうのではないかと思える時もありました。そのと き母親は私にいいました。「大丈夫、お前はうまくやっていけ る。」そして問うたのです。「お前はなにをやりたいんだい?」 私がまだわからない、自分自身が何で生きているのかも解らない と答えると母親は言いました。「お前が人生が何のためにあるのか を問うているならそれは無意味だ。人は人生にお前はどう生きる のかを問われつづけているのだから。その問いかけに答えようと 努力しなくては答えは見つからない。人生の意義は自分自身で しか見つけられないのだから。私の人生はお前を一人前にする ためにあると思っている。そのためにいままで全力をつくして きた。力不足でお前にも辛い思いをさせてしまったがね。だか らできる限りは私はお前に力をかすけれどもお前の人生を切り 開くのは結局お前自身なのだから。私はお前のことを信じてい る。周りがどう思おうとお前の可能性を信じている。」何度私 はこの言葉に救われてきたことでしょうか.....。
中学の同級生の母親の告別式に私は出席していた。彼の頬に は涙が流れていた。これは彼とその母親の物語である。
(次回につづく)
【2005/08/20 23:32】
約束 |
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