Hit数5000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。 →
こちら
Hit数10000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。 →こちら
開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。 →こちら

誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
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雪中花(2)
 彼は従業員を15人ほど抱える町工場の社長だった。
 機械部品製造でそれなりの技術をもち、堅実な事業
でそれなりの収益をあげていた時期もあったが、近年
コストの安い東南アジアや中国に生産拠点を移す企業
もふえコスト競争で会社は厳しい立場におかれていた。
 それでも彼持ち前の明るさでと積極さで営業をかけ
なんとか従業員の食い扶持くらいは細々ながら稼いで
いた。だが彼の工場にとって大手の取引先の突然の倒産
により数百万の焦げ付きが発生した。自転車操業に近い
彼の工場にとって数百万の焦げ付きは材料仕入先への
手形の不渡りを発生させるのに充分な金額であった。
 彼は父親の代からの40年来の付き合いのある地元
の信用金庫に運転資金の融資を求めたが融資担当者
は全く相手にしてくれなかった。むしろいままでの
融資の引き上げをほのめかされ、すでに自分の会社が
融資の得意先でなく債権回収の対象となっていること
を思い知らされた。会社を生き残らせるための手立て
は絶たれたように思われた。彼は融資担当者に懇願し
た。「父親の代から40年もあんたらとはつきあって
きてそれなりにあんたらにも儲けさせてやったろう。
なんで一番困っているときに高々数百万の融資も
してもらえないんだ?」融資担当者はいった。「そうは
いってもこちらも慈善事業ではないのでね。きっちり
返していただく見込みがないものは貸せませんよ。す
でに工場も自宅も担保に入ってやれるだけの融資は
させていただいているんです。こちらを先になんとか
してもらうのが筋でしょうが…….。」けんもほろろで
あった。このままでは手形決済の日に彼の会社は不渡
りを出し、倒産の憂き目にあうのは必至であった。
 その時、彼の頭に浮かんだのは会社が加入し彼に
かけられた8000万円の団体定期保険だった。加入して
何十年もなっており何らかの原因で(自殺も含めて
ただし加入1年以内の自殺は免責事項になっている
がすでに数十年たっていれば問題なかった。)従業員が
死亡ないし、障害をおった場合に会社に支払われる
保険金である……。

(次回につづく)

 ようやく金曜の緊急手術の患者さんが状態安定して
きて今日は帰ってこれました。昨日(というか今日)
夜1時に呼ばれて状態安定しなくて結局家に帰れなく
なって今日の業務に突入となってしまい。今晩はかなり
ボーっとしています。文章が乱雑になっているのでは
と少々心配です。明日も定期の手術が控えているので
夜間に呼び出されないように願いながらブログ更新して
います……。
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【2005/10/31 23:38】 雪中花 | トラックバック(0) | コメント(2) |
雪中花(1)
 ある連休の休日の日の電車の最終も近い夜に、
彼は列車の中で外の景色をぼんやりと眺めてい
た。行き先はどこでもよかったのだ。人気のな
いところなら。手さげかばんにはその日の午前
中に購入したロープがあった。人にみつからな
いところであればどこでもよかった。決行の日
まで気持ちのどこかで考え直すのではないかと
思っていた。だが気がつくと、彼は自分がたて
た計画どおりに事を冷静にすすめていた。今、
このときでさえ引き返す気持ちがおこるかと思
っていたが、気持ちにゆらぎがないことが彼を
むしろ驚かせていた。時間が刻々と流れてい
く。列車の中にはくたびれて眠りこけた中年の
サラリーマンや飲み会帰りの楽しそうに話しこ
む集団が見受けられた。彼には彼らが全く別世
界の人たちに見えた。すべてがどうでもよくな
ってしまっていたのだ。色々な方法を彼なりに
考えた。自分の家では後始末に家族に迷惑がか
かるだろう。飛び降りは巻き添えになる人がで
る可能性がある。車で自爆も考えたが、他の関
係ない人間を巻き込む可能性もある。最終的な
結論は人気のない山での首吊りだった。死ぬの
であれば周りのことなど気にしないでもいいか
とも思っていたが律儀にもなるべく周りに迷惑
がかからない方法を考えていた。3連休の最初
の日を選んだのも、自分がいなくなったあとの
周りの対応の時間がすこしでもできるかもしれ
ないと導き出した結論の結果決めた事だった。
夜も更けた中、列車が終着駅に到着する。彼
は列車を降り、改札をでると暗闇深い山中へと
足を進めた。

(次回につづく)

 金曜日の夜に緊急手術になった患者さんの
状態がおちつかなくてここのところ臨時当直
状態で帰ってこれなくて更新ができませんで
した。今日、帰ってきてようやく2日ぶりに
風呂に入れました。(涼しくなったとはいえ
下着が替えられないのはちとつらいです。)
 散々な週末ですが、またいつ呼び出しがか
かるかわからないのでとりあえず時間がある
ときということで更新できる分を更新しま
した。約束最終章、多くのコメント有難う
ございました。落ち着いたところで個別にお
返事のコメント加えようと思っています。今
日はすいませんがブログの更新だけで勘弁して
ください。今後とも宜しくお願いいたします。
【2005/10/30 18:03】 雪中花 | トラックバック(0) | コメント(3) |
約束(52)
 昨日は夜間に呼び出しあり更新できないで
すいませんでした。本日「約束」最終回を
アップします。

 そして場面は最初の告別式の場面に戻るので
ある……。私はSの母親の告別式のSの挨拶に
聞き入っていた。
「お前が人生が何のためにあるのかを問うて
いるならそれは無意味だ。人は人生にお前はど
う生きるのかを問われつづけているのだから。
その問いかけに答えようと努力しなくては答え
は見つからない。人生の意義は自分自身でしか
見つけられないのだから。私の人生はお前を
一人前にするためにあると思っている。そのため
にいままで全力をつくしてきた。力不足でお前
にも辛い思いをさせてしまったがね。だからで
きる限りは私はお前に力をかすけれどもお前の
人生を切り開くのは結局お前自身なのだから。
私はお前のことを信じている。周りがどう思
おうとお前の可能性を信じている。」何度私
はこの言葉に救われてきたことでしょうか.....。
 私のために精一杯生きてくれた母親に私は
結局親孝行の1つもできませんでした。そんな
どうしようもない息子に母親は亡くなる前に
言ったのです。「嫁さんを大切にしなさい。家族
は何事にもかえがたい。生まれてくる子供を
お前のようにつらい思いは絶対させないで欲しい。
 そして周りに愛される人になりなさい。そして
不幸な過去に縛られず、希望ある今と未来を生き
なさい。私は駄目な旦那だったけど、あの人と
結婚してあなたという息子を授かって本当に幸せ
だった。だからあなたも幸せになって。あなたな
らできる。お願いだから…….。幸せになって….。」
精一杯の母親の願いに私は母親と約束しました。
絶対に私の家族と周りの人々を幸せにできる人
間になると。そして精一杯生きて幸せになると…..。
そうしてこそ私の中で母親が生き続けるのだと
思います。本日は皆様お忙しいところ母親の告別
式にいらしていただいて本当に有難うございました。」
 喪主であるSは妻と深々と頭を下げた。参列
した人々は皆、目を赤らめ暖かい拍手がSの頭上に
注がれた…….。Sの母親がSに与えたものの大きさ
がひしひしと感じられた。

(「約束」終わり)
【2005/10/27 21:59】 約束 | トラックバック(0) | コメント(5) |
約束(51)
 Sは言った。「最後は穏やかな表情だったしこれで
よかったと思うよ。お袋も満足してるだろう…..。」
 私は言った。「そうだな…….。結局、僕も大した事
ができなかったけど。」「そんなことないさ。本当に
世話になったよ。こちらも気安さからわがままばっ
かりいってな……….。でも、お袋を診てくれたのが
nakanoで良かったとオレは思ってるから…….。」
 しばらくして、Sの奥さんと奥さん側の両親が到着
した。私は一礼をして病室を出た。病室からはむせび
泣く声がもれてきた。なんとかSは母親の死に目に会
えた。最愛の息子に看取られてSの母親も幸せだった
かもしれないと私は思った……..。

 ご遺体の処置を終えて、業者のお迎えがやってきた。
 Sは言った。「じゃあnakano。本当に世話になった
な。いろいろ有難うな。」「本当に先生お世話になって
…..。」Sの奥さんも言った。「色々、大変だと思うけど
気をつけて帰ってください。」と私は答えた。予想は
していたとはいえ、結婚式を挙げてまもなくの肉親の
死去は仕事を抱える二人にとっては精神的にも経済的
にも決して楽なものではないことは容易に想像できた。
 だが彼らはその苦難を乗り越えていくことができる
だろうと私は思った。Sはこの2年半、母親と共に病
気と戦ってきた。その間のSの精神的な成長は充分、
母親を安心させるに足るものであったのだから…..。
 雨が降る中、Sの母親を乗せた車が病院の門をでて
いくのを静かに私は見送った。

(次回につづく)

次回。「約束」最終回の予定です。
【2005/10/25 22:32】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(50)
 彼女の病室に訪れるとすでに呼吸も止まっており
脈も触れなくなっている状態であった。血圧はすで
にでていない状態で、心電図モニターに映し出される
心臓の電気信号がかすかに動く心臓の動きを捉えて
いた。それもいずれ止まってしまうのは時間の問題
と思われた。(Sが間に合うといいのだが……。)
そう思いながらモニターの動きを私は見ていた。
 彼女の表情は安らかだった。2年数ヶ月の闘病
生活から彼女は解放されようとしていた。
 私が病室を訪れてから数分経って、病室のドア
を開ける音がしてSが到着した。「お袋…..。」Sは
つぶやくように言って、母親の元に駆け寄った。
Sは言った。「お袋。本当にお疲れさん。よく頑張
った。本当にありがとう。もう苦しまなくてもいい
んだ。もう楽になっていいんだから……。」Sは
眼から涙をこぼしながら母親の手を握り締め、
声をふるわせながら母親に話しかけた。
 しばらくして心電図モニターが完全に心臓の動き
が停止したことを示した。SもSの母親も、私も
いつかこの時がくることは分かっていたはずであ
った。皆が覚悟を決めて日々を過ごしていたはず
だった。だが、だれが友人の母親の死亡宣告を好き
好んで行いたいものであろうか。この間のSとの
真剣な話合いの場面、Sの結婚式の数々の場面
彼女が気力と体力を振り絞って行った挨拶、様々
な場面が脳裏をよぎった。私は静かに心音の停止
頚部での脈拍の停止、瞳孔の散大を確認して言った。
「本当によく頑張られましたが…..。○月△日午前
11時○○分、死亡確認とさせていただきます。
 本当にお疲れ様でした……..。」
「こちらこそ。nakano先生,本当にお世話になりま
した。」震える声でSは答え、深々と私に頭を下げた。

(次回につづく)
【2005/10/24 22:57】 約束 | トラックバック(0) | コメント(4) |
約束(49)
 Sに母親の病状を話してから極力、S夫婦は母親
につきそうようになった。S自身は兄弟がいなかった
し、結婚したばかりのYの兄弟に付き添うように頼む
のも少し気が引けたのかもしれない。2人がつきそう
しかなかったのだが、仕事を休めば職を失うか
もしれないこのご時世で、共働きで生活をたてる
S夫婦が24時間付き添うことは難しかった。しかし
ながら2人は夜間は交代で病院に泊まってSの母親に
付き添った。ある夜に彼女の病室に回診にいくと
Sが付き添っていた。Sの母親の診察を終えて、
私はSに声をかけた。「いつもご苦労様。毎晩奥さん
と交代とはいえ、大変じゃないかい?」Sは言った。
「大変ていえば大変だけど、今俺ができる精一杯の
ことだからな……..。なあnakano。お袋が俺にして
くれたことに比べればこんなの当たり前だと思う。
どんなときもお袋はこんな小さい体を張って俺を
守ってくれたんだ。昔は全然それに気がつかなかっ
た時期もあったけどな。
何の見返りも求めずに精一杯守ってくれたお袋に
俺は一体、何をしてやれた?何にもしてやれてない
んだ。何にもだ。情けないったらありゃしないよ。」
私は言った。「そんなことないさ。君が昔の不良
からしっかり立ち直ってくれてお母さんすごく喜んで
いたよ。立派な結婚式もあげて安心させてあげら
れたんだ。そんなに自己卑下する必要はないと思う
よ……。」Sは少しだまってから言った。「気遣って
くれて有難う、nakano。いつも変な心配かけて
すまないな……。」「そんなことないさ。まだ長丁場
になるかもしれないし、ばてないようにしてくれよ。」
「わかってるさ、nakanoもご苦労さん。」Sの返事を
聞いてからSに軽く会釈をして私は病室をでた。
その後、Sの母親の病状といえばあまり芳しい状況
ではなかった。次第に血圧が低下していき尿量も減少
している状態で、再度の回復は困難であろうと考えら
れた。
 そしてその時は訪れることになる。ある日の午前
中、外来をやっていた私に病棟から連絡が入る。

 「検査の結果ですけど、前回の採血で腫瘍マーカー
の値は…..。」外来の患者さんに説明をしている時
に院内の医療用PHSが鳴る。私は患者さんに
すいませんと一言言って、話を切った後、電話を
とった。
 「もしもし、nakanoだけど…..。」「ああ先生。
外科病棟なんですけど、Sさんの呼吸がほぼ止まって
心拍も低下してきているんですけど…..。」「わかり
ました。ご家族は連絡ついた?」「ええ、今連絡
しました。息子さんは15分くらいでこれるそうで
す。」「わかりました。すぐ上に上がります。」
 私は説明途中の患者さんを失礼のないように気を
つけながら急いで一段落つけたあと、外来を一旦ス
トップして、他の先生でもよさそうな外来の患者さ
んは他の先生の外来に回ってもらうように外来の看
護師に頼み、急ぎ足で病棟に向かった。

(次回につづく)
【2005/10/23 19:02】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(48)
 約束の時間にS夫婦が訪れた。私は彼らを面談室
に通して話を始めた。「どうも突然呼び出して申し訳
なかったけど。」Sは言った。「そんなことはな
いさ、昨日からお袋、調子わるそうだったからな。」
「そうなんだ。今日になって意識もボーっとして
きているし、熱もつづいている。呼吸状態も悪く
なってきているしどうも良くない状態なんだ。肺炎
がまた悪化しているんだとは思うけど、肺の転移
巣自体も大分大きくなってきている。今朝になって
から血圧も低下してきているし、ちょっと厳しい
状態であるのは間違いない……。」Sは言った。
「そうか…..。それで良くなる見込みはあるのか?」
私は少し間をおいて答えた。「正直、今回はかなり
厳しいとおもう。下手するとここ数日で急変も充分
にありえると思う。意識がこのまま戻らないかも
しれない。こんな話で本当に申し訳ないが…..。」
 Sは言った。「そんなことないさ。お袋もよく
頑張ってくれたしな。覚悟は俺たちもできては
いるから……。」「そうか……。それで肺炎になった
時にも話はしたけど、急変時は本人が苦痛になる
蘇生処置はしない方向でいいかな…..。」Sは言った。
「もう充分だよnakano。お袋は充分頑張った。
これ以上苦しませる必要はないよ。本人が苦しむ
ような治療はもうしなくていいから……..。
 俺達の結婚式まで苦しい中頑張ってくれたし
もう充分だよ…..。」Sの声は少し震えていた。
 病気が見つけられて手術が行われてから2年の
年月が経過していた。この闘病を側で見続けて
きたSの母親への想いが切ないほど伝わってきた。
 
(次回につづく)

 どうも皆さん週末はいかがお過ごしですか?昨日は
そこそこ忙しくて少しバテ気味ですが、明日は休める
のでゆっくりして家族サービスにつとめる予定です。
【2005/10/22 23:58】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(47)
 その後、数日は彼女の病状はよくなったり悪く
なったりを繰り返していたが概ね状態は落ち着い
ていた。調子のよいときは車椅子で少し外出した
りもできていた。S夫婦も毎日のように病院に
顔をだしていた。平穏に時が経過していたが、
ついに転機が訪れることになる……。

 ある日の夕方に彼女は突然、39度の発熱が
出現した。看護師からの上申をうけて私は彼女
の診察にいった。彼女は少しボーっとした感じ
になっていた。「Sさんどうも。熱が出たようで
すね。」「そうですね、昼から突然発熱して….。
息苦しさもあります。」少し朦朧とした感じがあ
ったが彼女は答えた。痰も多く、肺の音もあまり
よくなかった。肺炎の再燃と考え、痰の培養と
血液の培養を出し、抗生剤も変更して様子をみる
ことにした。その日の夜に回診にいくと彼女の
意識はそんなに変わりなかったが、少し血圧
が低下しているのが気になった。「大丈夫ですか。
苦しくないですか?」と私が聞くと、彼女は
「今のところは苦しくないですよ。」と答えた。
 発熱は相変わらずつづいていた。次の日に
採血の再度の検査と胸部のレントゲンの検査の
予定にして、この日は今の治療で経過をみる
ことにした。翌日、彼女の病室にきてみると
彼女の呼吸状態はあえぎ様となっており血圧
も低下してきていた。私は昇圧剤の使用を開始
することとして、病状の悪化についてSに話を
しなくてはならないと考え、看護師にSに連絡
をとってもらうことにした。

(次回につづく)

明日は当直になります。更新お休みしますが
適当に遊びにいらしてくださいね。
【2005/10/20 23:53】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(46)
「そんな風に考えてらっしゃるのですね。」彼女
の言葉に私が反応すると彼女はつづけて言った。
「いやいや、寿命なんですよ先生。生きられる
期間ってのは人それぞれ。その中でなにができ
るかってことなんです。私も振り返ってみれば
大した人生でなかったと思います。でもね
息子がとりあえず世間様に迷惑かけないで
すむようになったから、それだけで充分ですよ。
 これであと5年10年生きられたって私が
大したことできるとも思えないし、息子達の
お荷物になるだけですよ。なんでも引き際が
一番大切なんです。惜しまれているうちが
花なんですから……..。
 主人に先立たれて、目先のことで精一杯で
したから。生きてくのに精一杯だった。あの子
にも辛い思いをさせてね……。いいじゃない
ですか、こんな母親のこと色々考えてくれて
るし、あんな立派な娘もできたしね。言うこ
とないですよ。二人には充分に気をつかって
もらってるし、式も無事に終わったしね。こ
んな親でも亡くなることを惜しんでもらえる
んだから幸せですよ。あとは先生が痛かった
り苦しくないようにしてくれれば……..。
 もう先生にも十二分に生かさせてもらいま
したから……..。そのうち私も意識がなくな
ってこんなこと伝えられなくなってしまうで
しょうから今のうちに言っておきますけど
よくここまで先生にも頑張ってもらったなと
感謝してます。本当ですよ……..。」酸素を
つけながらベット上に横たわる彼女は至極
冷静であった。彼女は特に病気や死を恐れて
いるようではなかった。彼女の言葉にはすが
すがしささえ感じられた。私は言った。「私は
そんな大したことはしていませんよ。それに
まだもう少しお付き合いいただきたいと思
っていますから……。状況は厳しいですけ
どね……。」彼女は静かに私に微笑んだ。
 彼女の状態が急激に悪化する1週間前の
事であった。

(次回につづく)

 どうも皆さんおかげさまで70000Hit超えま
した。お祝いの書き込み有難うございました。
 今後もみなさんの期待に沿えるようにこの
ブログをつづけたいと思いますので宜しくお
願いします。
【2005/10/19 23:53】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(45)
 挨拶が終わって、披露宴も終了した。見送りの場所では
さすがに彼女の姿は見えなかった。帰り際に私はSにいった。
 「おかあさん頑張ったね。」「ああ。」「今は休ませているの
かい。」「ああ。ちょっと頑張りすぎたね。見送りは俺らに
任せてもらって別室で休んでもらってるよ。」「そうか、大
丈夫かい?」「nakanoは今日はお客さんだからこちらに任
せてくれて大丈夫だから。先生がきてくれたって喜んでたし
今日は気にせず帰ってくれ。また明日以降世話になるしな。」
「先生。今日は私達に任せてもらって気にしないで帰って
ください。」新婦のYにも言われて私は式場を後にした。

 翌日、私はいつものように朝、回診に回った。彼女の部屋
にいくと、彼女はにこやかに私を迎えてくれた。
「お早うございます。Sさん。」「お早う先生、昨日は忙しい
ところ息子の式にきてくれてありがとうね。」「いえいえ。
でもりっぱな式でしたよ。お母さんも最後がんばりましたね。」
「そんな大したもんではないけどね……。でも無事に終わって
本当によかったよ。これでもう思い残すこともないしね…..。」
「まだお孫さんの顔もみてあげないと….。」「それが無理なの
は先生が一番ご存知でしょう。」強い口調ではなかったが私は
返答に一瞬困った。彼女は言った。「いやいや、先生、もう
充分ですよ。あれだけ息子もしっかりしたし、よくここまで
持たしてもらったと思います。先生に頑張ってもらわなきゃ
1年と持たなかったんですから…..。1回は諦めかけてたし
ね。あの子はもう大丈夫。私は安心していられます。あとは
静かに来るべきときを待つだけですから…….。」

(次回につづく)

どうも昨日はアップできずにすいませんでした。今日も帰り
が遅くなって時計と競争で更新しています。なかなか最近
息がつけなくてちと大変ですが、なんとかやっています。
 ちょっと風邪気味で調子悪いのですが、まあなんとかなるで
しょう。皆様もお体大切に。次の更新楽しみにしてください。
【2005/10/18 23:57】 約束 | トラックバック(0) | コメント(5) |
約束(44)
 新郎新婦から両家への花束贈呈が行われたあと
両家の家族からの挨拶としてSの母親が司会に促さ
れてマイクの前に出た。新郎方の父親が亡くなって
いるため彼女が代表として挨拶することにしたよう
であった。決して楽な状態ではなかったであろうが
彼女は苦しそうな表情は見せずにマイクの前にしっ
かり立ち、一息ついてから話はじめた。
「どうも忙しい中、この披露宴に足を運びいただき
本当に参加していただいた方々には心から感謝いた
します。本日は様々な方からうちの息子に対しての
賛辞をいただきましたが、皆さんもご存知のように
うちの息子はそのような立派な人間ではなく、いつも
皆様に迷惑ばかりかけてきたいわば馬鹿息子でした。
 ですがそれもうちの家庭にも大きな問題があった
のが原因でした。この子の父親も決していい父親で
はありませんでした。言葉は悪いですが飲んだくれ
て家族を省みず体を壊して私たちをおいて先立って
しまったのです。私なりに一生懸命この子を育てて
きましたが私の不徳のいたすところでこの子は少な
からず皆様もご存知のように道を踏み外しかけてし
まったのです。そして私はといえば病気になってし
まい、あと幾許生きられるかも分らないという体た
らくです。この式に参加するためだけでもに多くの
方々に迷惑をかけてしまいました。
しかしながらここにいる皆さんのおかげで息子も
少しずつ立ち直り、人並みに仕事につき、このよう
な立派なお嫁さんを頂くことになりました。正直、
うちの息子にはもったいない花嫁さんです。大事な
娘さんをうちの息子に託してくださったご両親には
感謝しても感謝しきれません。そして私事ではござい
ますがあとどのくらいの時間が私に残されているか
わからない中でこのような盛大な披露宴を催され、
ここに参加できたことをとても嬉しく感じておりま
す。この子を支えてここまでしてくれた皆様方に本当
に心から感謝し、今後ともこの若い夫婦を今後も暖か
く見守り、時には叱咤激励していただきたくよろしく
お願いいたします。重ねて本日は本当に皆様有難う
ございました。」携帯の酸素をつけてようやく立って
いる状態のはずであった。立っているだけでもかなり
つらいはずだった。だが彼女は最後まで姿勢を崩す
ことはなかった。息子の事を思う母親の執念さえ
感じられた。彼女なりの必死の挨拶であった。
 挨拶が終わると同時にSの目に涙がこぼれた。会場
に頭を下げたSの母親に大きな拍手が巻き起こった。

(次回につづく)
【2005/10/16 19:34】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(43)
 披露宴は滞ることなくすすめられていた。派手な演出
こそはなく、比較的質素な感じのする披露宴ではあったが、
Sの友人達が盛りたて招待客を退屈させることはなかった。
 時々、Sの母親の方をみたが、周囲の親族とおしゃべり
していたりして特に苦しそうな仕草は見られなかった。
 それを見て私は少し安心した。
 宴もたけなわとなり新郎の挨拶となった。司会に挨拶
を促されSはマイクの前に立ち原稿を取り出し、しっかり
とした口調で話始めた。
「本日は皆様お忙しいところ、私達の披露宴にお集まりい
ただき本当に有難うございました。晴れてこの日を迎えら
れ、皆様に祝っていただき感謝の言葉もございません。
 私はたかだか30数年しか生きてきておりませんが、
こんなにも多くの人々に支えられ、今の自分があると
いうことが改めて認識させられました。そして精一杯
の愛情をそそがれてYを育ててきた御両親と、ご親族
の方々から大切なお嬢様をいただくという責任を深く
実感しております。私のような本当にくだらない男を
愛してくれたYのために一生をかけて精一杯のことを
させていただくことを誓います。そしてなかなか難しい
ことではありますが、できるだけYにふさわしい夫と
なれるように頑張りたいと考えております。私はここ
までの間、皆様がご存知の通り、お世辞にも優等生と
いえるような人間でなく、むしろ社会に関して迷惑を
かけてきた人間です。そんな私を最後まで見捨てず
支えてくれた母親がいました。母親に対して私はいくら
感謝しても感謝しきれません。その母親に安心して
もらうためにもYを幸せにしてあげたいと考えてい
ます。最後に本日は本当に皆様ありがとうございま
した。今後とも若い二人とよろしくご指導お願いい
たします。」Sは新婦となったYとともに深々と頭を
下げた。会場からはSの悪友たちの野次と大きな拍
手が巻き起こった。立派な挨拶だった。Sの母親は
うっすらと涙を浮かべて新たに誕生した夫婦を誇ら
しげに見つめていた。

(次回につづく)
【2005/10/15 21:49】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(42)
 式場につき、S家の控え室に向かう。控え室で中学
の同級のFが私に気がついて声をかけてきた。Sの知り
合いとそれほど顔見知りがあるわけでなく話し相手が
いないのでは居づらいだろうというSの配慮もあり、顔
見知りのFに私の相手を頼んであったらしい。
「どうもnakano.。久しぶりだな。」「やあ、F。中学卒業
してからだから10数年ぶりになるね。」「nakanoがSの
お袋さんの主治医をしているんだって。」「ああ、世の中
広いようで狭いね。」「で、どうなんだい病状は….。」「個人
のプライバシーのことだからご家族にしか病状ははなせ
ないんだ。すまないが。」「ふーん。そうかい。」その後
中学時代の話などをしていると式の会場への案内が始ま
った。

式は教会式で行われた。花嫁が父親に付き添われて
入場し、式の壇上に上がる。牧師の指示の元、賛美歌が
斉唱され、指輪交換と神の前での愛の誓い、婚姻誓約書
のサイン…..。彼女はどのような思いで息子の姿を見つ
めていたのだろうか。近親者に付き添われながら彼女は
壇上の新たな夫婦を見つめながら必死に立っていた。

 式が終わり、披露宴の会場にうつる。少し休むかと
思っていたが彼女は披露宴にも最初から参加していた。
 会場には彼女が休む場所も確保されていたのであるが
彼女は大丈夫といって頑張っているようであった。
 披露宴が始まって新郎新婦が入場してきた。

(次回につづく)

昨日は癌の終末期の方の調子が悪くなって呼び出され
帰ってこれなくなってしまい更新できませんでした。
 どうもすいません。ここのところ2人ほど癌の末期の
方で調子悪い方がいてこの週末も少し落ち着かない感じ
ですが今後も頑張って更新しますので宜しくお願いします。
【2005/10/14 23:59】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(41)
 その日は透き通るような青空の天気だった。式は
昼からだったので前日に緊急入院した患者さんもいた
ことから朝方に病棟の患者さんを覗きにいった。
 病棟にいくと彼女がSに付き添われてちょうど外出
するところだった。寝巻きから礼服に着替えた彼女は
携帯の酸素を鼻につけているとはいえ、見違えて元気
そうに見えた。こちらに気づいて会釈してきた。彼女
は言った。「先生。今日は休日なのに出勤ですか?」
私は答えた。「お早うございます。今日は自分の患者
さんを覗きにきただけですよ。いよいよ今日ですね。
特につらいことや苦しいことはないですか?」
彼女は答えた。「大丈夫ですよ。今日は調子がいいんで
す。色々準備もあるし、もう出ますけどね。先生も
後からいらっしゃるんですよね。」「ええ、病棟の患者
さんを一回りして一旦家にかえってから着替えていき
ますので…..。」「本当にお忙しいところ申し訳ありま
せん。」Sはいった。「嫁さんは準備でもう向こうに
いっているんで。花嫁は準備に時間がかかるからな。
お袋は俺がつきそって会場までつれていくし、派
遣の看護師もついてるから心配いらないから、仕事
終わらせてからゆっくり来てくれ。でもできるだけ
式には遅れてこないでくれよ。」「わかっているさ。
多分間に合うと思うよ。」「それじゃ、もう出るから。」
 彼女はSと看護師に付き添われて病棟のエレベータ
ーに乗り込んでいった。病棟の看護師が言った。「S
さん、息子さんの結婚式に行かれて良かったですね。
先生も出席されるんですか?」私は答えた。「ああ
一応、息子さんの同級生として招かれているんでね
特に断る理由もないし…….。天気もいいし、今日
はいい結婚式になるんではないかな…….。」
 私はつぶやくように答えると、病棟の他の受け持ち
患者さんを診てまわるために病室に向かった。

(次回につづく)
【2005/10/12 23:36】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(40)
 神も彼女の最後の願いをかなえてやろうと考え
たのか、彼女の意思の強さなのか、彼女の病状は
落ち着いたまま経過した。式の手はずも整ってい
っていた。式には私も招待されていた。正直、参加
には迷っていた。私は基本的に医師は患者さんと
患者さんの家族とは一線を画するべきものと考えて
いた。その上でこちらでできること、できないこと
を明確に提示し協力できる範囲で出来るだけのこと
をするべきだと考えていた。基本的にはその人の人
生でありその人の体であり、その人の家族関係なの
だ。踏み込んでいいところと踏み込んではならない
ところがある。自分が医師という立場でなければ
Sの母親の主治医でなく、単に昔の同級生であると
いうだけならそんなに気兼ねはしなくていいだろう。
 だが今の状態で参加すれば、間違いなくSの母親
に何かあれば当事者として行動を求められるだろう。
 うがった見方ではあるが、何かあった時に対応し
てもらえるだろうという思惑も感じられてそれが
逆に嫌だった。また患者さんの家族の要望に応じて
病院外の行動まで病院職員が関わらなくてはならな
いという前例を作りかねなかった。また参加しない
でSの母親に何かあればそれはそれで責められる可
能性はあった。Sの招待をむげに断るのも気が引け
た。純粋に今までの医療行為に関しての感謝の念か
ら招待してくれたとも考えられたからだ。
 色々悩んだあげく私は病院の1医師でなく、1友人
としてSの結婚式に参加することとした。そうした方
がSの母親もよろこぶだろう。それだけで充分参加す
る理由になるではないか。なにかあればそのときは
そのときで考えるしかないだろう。そう考えた。
 一応、式の参加については上司の意見も聞いたほう
がいいかと考え外科部長に相談すると、「1個人と
して休日に友人の式にいくんだろ。私に許可をもらう
べきことではないよ。病院は関係ないことだ。」と
言われた。その言葉の意図することは深く考えない
こととし、とりあえず反対されなかったことに胸を
なでおろした。そしてSの式の日がやってきたので
ある。

(次回につづく)
【2005/10/11 22:05】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(39)
 話し合いを終えて、私とSと彼女はSの母親の
ところに向かった。母親に向かってSは言った。
 「お袋。今、nakanoと話したんだが、今の状態
で落ち着いていれば式に出席してもかまわないって
話になったんだ。」彼女は顔を輝かせて言った。
 「先生、本当ですか?」私は言った。「もちろん
状態が今のまま落ち着いていたらですよ。肺炎が
こじれてきたら駄目な場合もありますけどね。」
 彼女は言った。「わかりました。でも本当に
嬉しいですよ…..。」このまま状態が落ち着いて
いてくれればいいのだがと私は願った。

 病院のケースワーカーに動いてもらって式に
彼女がいくための準備が急ピッチですすめられ
た。会場までの搬送、付き添いの看護師の民間
業者への依頼、会場との打ち合わせ。痛みがでた
時、急に状態が悪くなったときの対応方法など
考えられる対応策を決めていった。
 彼女の肺炎の状態は息子の式に出席できるかも
しれないということがわかってから彼女の気力が
沸いてきたこともあるかもしれない。少しづつ
改善しているように思われた。少しでも周りに
迷惑をかけないようにと酸素をつけながら少し
むくみが強くなってきた両足をひきづりながら
リハビリに励む彼女の姿が認められるようにな
った。「息子にはたいした事やってやれなかった
からね。父親のことでも苦労かけたし、つらい
思いもさせたと思う。息子の結婚式に出席する
事くらいなんとかしないと本当に死んでも死に
きれないからね…….。先生、よっぽどの事が
なければ、私を止めないでくださいね…….。」
 彼女が50数年間生きてきて多分最後の願い
となるだろう。その願いをかなえるために私も
Sも婚約者とその御家族、そして誰よりも彼女
自身ができる限りのことをしようと努力してい
た…。

(次回につづく)

 どうも皆さん連休中はいかがお過ごしですか?
 明日は私は日当直です。今晩から憂鬱ですけど
仕事ですから仕方がないですね。ブログ明日はお
休みですけど、明後日は頑張って更新したいと考
えておりますので宜しくお願いいたします。
【2005/10/09 19:47】 約束 | トラックバック(0) | コメント(3) |
約束(38)
 Sは言った。「nakano、紹介するよ。俺の婚約者
のYだ。」彼女はお辞儀をしていった。「どうもはじ
めまして。Yと申します。先生の事はSからよく聞
いております。」「そう、こいつ、うちの中学の中で
も優秀だったんだ。」「別に優秀でもなんでもないで
すけどね。どうも、nakanoと申します。S、お前
にはもったいないんじゃないか?」Sはいった。「そ
うかな….。そんなことないだろう。それはおいておい
て、昨日お前にも言われて、彼女と彼女の両親とも
昨日話あったんだが、今の状態だとお袋も先はもう
あまりながくないんだよな…..。」少しおいて私は言
った。「ああ、言いにくいことだけど、なかなか今の
状態からよくなるというのは難しいかもしれない。」
「だったらなんとかお袋をつれていけないかという
ことになったんだ。お袋をつれていくにはどうすれ
ばいいのか知恵を貸してほしいんだが…..。」「そうか。」
少し考えて私はいった。「今、なんとか車椅子移動は可
能だから携帯の酸素をもっていってもらって、点滴は
一時的に切ってもいいと思うけど心配だったら携帯
のポンプをつけていってもらうのがいいかもしれない。
病院から会場までの搬送は有料だけど民間救急の
業者がいるのでそこに依頼してもらったほうがいい
かな。病院から個人に対して看護師をつけることは
できないから看護師を派遣してくれる業者も探して
もらった方がいいと思う。詳しくはうちの病院のケア
ワーカーと相談してもらったほうがいいかもしれな
い。そこら辺のことは私はあまり明るくないからね。
あと式はどれ位のかかる予定なんだ?」「式から
披露宴まであわせれば大体5時間くらいかな。」「それ
全部参加するのは難しいとおもうよ。式場の方と相談
してもらってお母さんが休める場所を確保してもらっ
たほうがいい。肝心とところだけは参加してもらう
ようにしてあとは横になれるようにしておいたほうが
いいだろうね…..。お母さんが式中に調子わるくなった
ら式が台無しになってしまうかもしれないからね。」
「わかった。」「でもいけるのは今の状態が安定して
式の日まで落ち着いていたらばの話だよ。もし
状態が悪化すれば、僕がストップかけるから。そ
れは承諾してもらえるかな?」Sは頷いてから言
った。「ああわかった。だけどもし式に行ってお袋
の調子がわるくなってしまっても俺たちで責任とる
からぜったいnakanoに迷惑かけるまねしないから
安心してくれ。」「わかった。」私は答えた。

(次回につづく)
【2005/10/08 22:02】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(37)
 翌日、午前中外来をやっていると看護師が声をかけて
きた。「先生。Sさんの息子さんから電話です。先生と
今日話をしたいということなんですけど、どうしますか?」
外来で患者さんと相対している時であったし、その日も
午後に手術が控えていた。「今、外来中ででれないから
今日なら夜の遅い時間しかとれそうにないので夜の7時半
位なら話をしますと伝えてくれますか?」「それで先生
相手がだめだといったらどうするんですか?」看護師は
前に外来で私につかみかかった人物であることから対応
に腰が引け気味になっているようだった。「そしたら昼
になったら連絡とれるからこちらからかけるのでといって
くれますか?」「わかりました。それで納得してくれれば
いいですけど…..。」看護師は引き下がった。
 なんとかその時間で本人も納得したようで、後ほど
その時間でお願いしますと承諾もらいましたと報告が
あった。

 午後の予定の手術を終えると時間は6時半を過ぎていた。
 術後の患者さんの家族にお話をし、術後の管理を行って
いるとSとの約束の時間となっていた。昨日の今日でまた
話とは….。病状に関しては充分説明したしSも承諾してい
るはずだった。話を求められるとすれば結婚式の出席の
ことについてだろうか……。そんなことを考えながら仕事
をこなしていると病棟から連絡があった。「Sさんのご家族が
いらしています。」「わかりました。」手元の仕事を一段落
つけた後、Sの母親のいる病棟に向かう。面談室で資料を
整理して説明の準備をしてからSを招き入れる。SとSの
婚約者であるYさんが部屋に入ってきた。私は昨日、Sが
意を決して婚約者に母親の事を話して相談したのだなと
さとった。

(次回につづく)

 今日もぎりぎりの更新になってしまいました。忙しいと
なかなか更新も大変ですね。時間がない時は文章が雑にな
りそうで心配になることもありますが継続が大事と考えて
頑張って更新していこうと思います。今後とも宜しくお願
いします。
【2005/10/07 23:57】 約束 | トラックバック(0) | コメント(2) |
約束(36)
「お袋はともかく私は大丈夫だから余計なこと考えずに
準備しっかりしてくれってきかないし、とりあえず予定
通りに準備は進めているんだがね……。うまくいけば
お袋も安心できるだろうし…..。」「そうだね。今のところ
は良くはなっていないけど状態が落ち着いているから
突然に急変する可能性は高くはないとは思うけど…….。」
「お袋はできれば這ってでも式に行きたいっていうんだ
けどまず無理だよな…….。」私は少し考えて言った。
「今の状態で落ち着いていてくれれば携帯の酸素で
数時間ならなんとか外出できるかもしれない。点滴は一
時的に止めてもいいかもしれないけど……。でも大変
だとおもうよ………。当然、外出することで急に状態が
悪くなるかもしれないし…..。それに向こうの家族の
考えもあるだろうし……。よく話あった方がいいと
思うけど…..。」「じつは今回の肺炎のことは向こうには
詳しくは話してはいないんだ。検査と治療のための入院
ってことにしてる。お袋が絶対、式までは死ぬことは
ないから、向こうに余計な心配かけても困るからって。」
「えっ。それはいくらなんでもまずいんじゃないか?
もし式に連れて行くんなら準備だっているし色々協力
してもらわなくてはならないし……。第一、式までもう
10日もないのに…..。」客観的に考えて無茶なことを考えて
いるなと思った。だがSも一杯一杯に近いのかもしれない。
余計なことをいっても結局はSが決めることだ。私は
一旦口をつぐんだ後、言った。「なあS。君のおかあさん
を式につれていきたいという気持ちはよくわかる。だから
こそきちっと相手方のご家族とお話した方が個人的には
いいと思うよ。それができそうもないんなら状態悪いから
式は欠席という形にしたほうがいい。それこそ向こうの
ご家族に迷惑をかけるよ…….。」「ああ、そうだな…..。」
彼は少しうつむきながら答えた。

(次回につづく)
【2005/10/06 23:02】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(35)
 彼女の呼吸状態は少しずつであるが改善してきて
いるように思われたが、レントゲン像と採血の結果
の経過はあまりはかばかしいものではなかった。
 抗生剤を変更したりしたが、目に見えてよくなる
というほどの効果は得られてはいなかった。
 だが彼女自身は酸素をつけていれば苦しくないし、
発熱も落ち着いていたことから次第に食事にも手を
出すことができるようになっていた。彼女が入院
して5日目にSが病状の説明を求めてきた。日取り
も迫っており私も話す機会が欲しいと思っていたの
でその日の手術終わった夕方に話す時間をつくる約束
をした。Sを面談室に招き入れると開口一番Sが
私に話しかけた。「それでどうなんだ。お袋の容態
は…….。」「状態として目にみえるほどの改善が
あるとは言いがたいと思う。肺炎自体はあまり良く
なっていないと思うよ….。右の肺は上葉、中葉、
下葉と3つの部分に分かれるんだけど、上葉に
いく気管支が腫瘍に巻き込まれて狭くなっている
みたいなんだ。それで肺炎を起こしている部位の
喀痰がうまく排出されないで、無気肺も起こして
肺炎になっているから、治りにくいといえば治り
にくいんだと思うけど……。でも比較的全身状態
は落ち着いているようだから。」「お袋は少しずつ
はよくなっているようだ。大分楽になったといって
いたけど…..。」「酸素つかっているし、入院していれ
ば安静度は高いから…..。採血の結果の推移や
レントゲン写真ではほとんど病状は横ばいに近い
とおもうけど…….。」「nakanoからみて結婚式
には間に合うかい?」「このまま落ち着いていれば
なんとかね。だけどいつ何時に急変するともかぎら
ないよ…….。

(次回につづく)
【2005/10/04 23:19】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(34)
 Sに話をしたあと、入院後の点滴などの指示をだ
した。そうこうしているうちに救急外来から呼び出し
のコールが鳴る。その後の何台かの救急車の対応をし、
慌しく休む間もなく朝を迎えた。時間の合間をみて
彼女の入院した病棟に向かう。看護詰所でカルテの
温度板と看護記録を確認した。38度の発熱はつづい
ているものの落ち着いているようだった。彼女の
部屋に向かった。彼女の病室に入ると私は彼女に声を
かけた。「お早うございます。具合はどうですか?」
彼女は答えた。「まだ熱でだるいですけどね。昨日
よりはいいような気はしますよ…..。」「そうですか。」
 私は彼女の胸の聴診を行ったあと言った。「今回
の肺炎はそれなりに重症です。うまく抗生剤が効いて
くれるといいのですが…..。」彼女は言った。「大丈夫
さ先生。たしかになるようにしかならないとは思って
る。このまま駄目かなって思ったりもするけど……。
 でもせっかくの息子の晴れ姿みないとね…..。冥土
の土産にさ……。私も頑張るけど、なんとかあともう
少し生かしてもらえないもんかね……。肝心な時に…。
本当に私の体はだらしないんだから…….。」「いや、
充分がんばってらっしゃると思いますよ。」彼女は
すこし照れたように答えた。「そんなことないさ。
 でも、なんとか元気だして少しでも生き残るつも
りでいないとね……。」

 その後、肺炎は治療によってよくなったり悪くな
ったりを繰り返した。右の肺の上葉にいく気管支の
枝を肺の上葉に転移し増大してきた転移巣が浸潤圧迫
してきて塞ぎかけていたので、完全に肺炎がよくな
ることは難しかったのである。

(次回につづく)
【2005/10/03 23:52】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(33)
私は言った。「なあS。別に僕は悪気があってこんな
話をしているわけではないんだ。状況が状況だから..。
意味がある治療なら患者さんが苦しいってわかっていて
もやるけれど、結局患者さんを苦しめるだけだという
治療はしたくないんだ。」「わかっているさ…..。」Sは
私の言葉を遮るようにいった。「わかってるよ……。
だけどなんで、なんでこんな時期に…..。お袋に安心
してもらおうと予定した結婚式の2週間前に……。
何でだよ…..。なんでこんな話しなくちゃなんないん
だよ!」彼の思いは解りすぎるほどよく解った。私は
彼にかける言葉を一瞬失った。どんな言葉も今の彼に
とっては空しく聞こえるだけかもしれなかった。重い
沈黙が二人の間に流れた。やがて大きな溜息をついた
後、Sは感情を押し殺しながら言った。
「すまん、nakano。つい取り乱して……。いつもお前
には気軽さから甘えてしまって………。」私は言った。
「大丈夫だ。それでどうする。」「もうお袋は充分すぎ
る位頑張ったと思う。できるだけつらくないように
して欲しい……..。」「わかった。」私は答えた後、付け
加えた。「なあS。この話はあくまでも、治療に反応
しなかった場合の話だ。もちろん治療に反応して肺炎
がよくなる可能性もある。そうするように精一杯の
ことはさせてもらうつもりだから…….。」「ああ。
でnakano…..。式は延期した方がいいのか?」
「正直微妙だとは思う….。だが今から延期すること
はできるのか?」「かなり面倒だがお袋が危ないなら
延期するしかないだろう……..。キャンセル代は
かなりかかるだろうが…..。あと招待の人への連絡
も大変だがね……。」「そうか……。治療に反応して
くれれば元気になってくれる可能性はあるとは思う
んだが…..。」「そうか….。どれ位でそれが判る?」
「だいたい3,4日で治療に反応するかどうか評価で
きるとは思うけど…..。」「わかった。」Sはつぶやく
様にいった。なんとか治療に反応して彼女の状態
が少しでもよくなってくれればいい。心から願わず
にはいられなかった。

(次回につづく)
【2005/10/02 18:05】 約束 | トラックバック(0) | コメント(0) |
約束(32)
 Sに救急外来の机の前の椅子に座ってもらって私は
病状の説明をはじめた。「レントゲンの写真をみると
このように右の肺の上の方が白くなっているのがわかる
と思うけどこれは肺炎の像なんだ…..。右の上葉が真っ白
になっている。大葉性肺炎といって重症の肺炎なんだ。
 酸素投与をはじめて抗生剤を使い始めている。うまく
治療に反応してくれればいいんだが……。」Sはいった。
「結構厳しいのか?」「あまり楽観はできない。治療に
反応してくれればいいけど、反応しなければ人工呼吸器
管理が必要になる可能性もある。結構肺全体に転移も
認められるし予備能はあまりないところでこの肺炎だ
から….。」「そうか…..。」「それでもし、呼吸状態が悪化
して人工呼吸器が必要な状況になったらどうするかなん
だが…..。」「どうするっていうと…..。」Sの母親の手術
をして2年近くが経過していた。私も少なからず彼にも
親近感ができてきていた。その彼にこのような問いかけ
をしなくてはならない状況であることが恨めしかった。
「なあS、お母さんは癌の末期状態だ。人工呼吸器に
つなげなくてはならない状態になって人工呼吸器につな
いでも回復する見込みはあまりない。なにも疾患がない
ところで起こった肺炎なら急性期をのりきれば回復する
見込みはあるから患者さんにとって苦痛な治療でも我々
はやるけれども、お母さんの場合は苦痛を増すだけの
可能性が高い。多分、周りでみている人も機械につなが
れているのをみているのはかなりつらいものがあると
思う。もちろん点滴から薬をつかったりの治療は継続
するけど本人に苦痛となる治療はあまりしたくないん
だが、その点はどう考えているのか聞かせてもらいた
い。」Sは一瞬黙り込んだ。私の言ったことが信じられ
ないという表情であった。「どう考えているかって?」
「そうだ。もちろん今の治療に反応して良くなるように
我々も努力しているが、悪くなった時のことを決めて
おかなくてはならないと思うんだ。」
 Sは握ったひざの上の両手を震わせていた。私を睨
みつけるように見つめる彼の目には熱いものがこみ上げ
てきていた。

(次回につづく)

 昨日は患者さんの状態が悪くて午前様になってしまい
ました。明日は休みなのですが病院に患者さんをちらっと
診にいこうと思っています。早く状態が落ち着いてくれると
いいのですが.....。
【2005/10/01 21:49】 約束 | トラックバック(0) | コメント(5) |
藪医者の独り言


ここに記載されたエピソードは著者の体験をもとに構成したフィクションです。 このページはリンクフリーです。気に入ったら適当にリンクを貼っていただいて結構です。


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