Hit数5000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。
→
こちら
Hit数10000超えました。皆様に感謝の気持ちをこめて記念にフラッシュ作成してみました。
→
こちら
開設2年目になりました。これを機会に今の産科の危機に関してのフラッシュ作成しました。
→
こちら
誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。
(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→
こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→
こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
悟の同意も得られたことから詩織は会社に連絡して会社側 の提案に従い、休職扱いにしてもらうように頼んだ。出産後 の経済的な事を考えれば収入源が確保できるということはあ りがたい事であることは2人の共通の認識ではあった。出産 後には仕事で会社にそれなりに貢献しなくてはならないとい う心理的な圧力はあるものの、これで出産に専念できるし、 正社員であれば微々たるものとはいえ、種々の補助金や祝い 金も受け取れる。産休や育休の間も少なからず手当てがつく のであるから詩織にとっては願ったりかなったりであった。 会社の件が一段落したことで詩織は気分的には大分落ちつ いた。それに加えて、日を追うごとに出血も減り、それにした がって安静度も緩やかになってきていたことも詩織を安心さ せていた。病状がいい方向に向かっていることは詩織自身も 自覚できていた。最初はベット上安静で点滴に24時間つな がれている状態であった。おなかの赤ちゃんのためならと 必死に我慢していたが、ずっとベット上というのは、なかなか 苦痛なものである。腰や肩など体中のあちこちの筋肉が張っ て痛くて仕方がなかった。本を読むのも気力がつづかない。 妊娠悪阻も強く、食事をする気力も失せてしまう状態で あった。だが出血が収まっていくと共に次第に安静が解除さ れていき、いまでは病棟内は自由に動けるようになっていた し、特に血圧の上昇や体重の過剰な増加もなくこれといった 食事制限もなかったことから悟や知人の見舞いの時にも病室 でなく病院の食堂でお茶でも飲みながら面談できるようにな っていた。精神的には入院当初より大分落ち着いてきていた。 つわりが思いのほかつらいけど……。なんとか出産前に一 回退院できそうだわ…..。詩織はそう思いながら入院の日々を 送っていた。
(次回につづく)
【2006/05/13 21:48】
春風 |
トラックバック(0) |
コメント(0) |
 |