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誤報(1)のエントリーは11月26日付けです。最初から読む方はカレンダーで11月までたどって26日をクリックすると誤報(1),(2)のエントリーに入れます。あとは順々に日にちをクリックしていってください。

(モデルにさせていただいた誤報事件に関しての2chの過去ログ保存していたものアップしました
医者板の過去ログ→こちら
ニュース速報+板の過去ログ→→こちら
この事件の理解の参考となれば幸いです。当時の記事などが引用されている部位もありますのでm3掲示板も閉鎖された今、資料として貴重なものとして保存してあります。)
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誤報(35)
 「ドリルを....。」飯島は看護師からドリルを受け取ると
里美の頭部に押し当てた。手早く径1cmほどの穴を頭蓋骨に
あける。ドレナージチューブを受け取ると手馴れた手つきで
頭蓋骨の穴からドレナージチューブを穿刺の目的部位である
脳室に向かって穿刺した。

 森本はNICUで新生児の処置を行っていた。点滴ラインを確
保して一段落したところで看護師に声をかけた。「ご家族に
赤ちゃんの状況に関して説明をしなくてはならないので、
資料すこし持ち出させてもらうよ.....。」「わかりました。」
看護師の声を確認した後、赤ちゃんの状態について家族に説明
を行うために面談室に向かった。説明の準備を行った後に
ご家族を面談室に呼び入れる。家族はみな押し黙り、硬い表情
をしていた。森本がご家族に向かって話し始めた。「どうも
小児科の森本といいます。よろしくお願いします。」「こちら
こそよろしくお願いします。」大輔はそういって頭を下げた。
 森本が説明を始める。「それで、帝王切開でお子さんは
無事にとりあげられました。ただ、お母さんの呼吸の状態が
悪く、全身麻酔での手術となりましたので赤ちゃんにも麻酔
薬が移行してまして、赤ちゃんも麻酔がかかっている状態に
なっていました。麻酔の薬が抜けるまで一時的に人工呼吸器
につなげさせていただいています。血圧、脈拍などは正常
ですし、状態がよければ明日にも管は抜くことができるの
ではないかとおもいます.....。多分、赤ちゃんは大丈夫で
はないかと考えていますが......。」「そうですか。とりあえ
ずは大丈夫そうなんですね.....。よかった。」大輔はつぶやく
ように言った。

(次回につづく)

 他のブログなどでも取り上げられていた河北新聞社のお産SOS
特集としてはよく取材されており私も涙しながら読んだのでここ
に引用します。

http://blog.kahoku.co.jp/osansos/2007/01/post_3.html#more

「安心して産みたい」。妊産婦の叫びが聞こえる。東北各地で産婦人科を閉じる病院が相次ぐ。出生数がわずかながらも上向き、少子化にかすかな明かりが差す一方で、肝心の産む場が地域の中でなくなっている。「お産過疎」の進行は、全国的にも東北が特に深刻だ。医師不足、過酷な勤務、訴訟リスク…。産科医療を取り巻く厳しさは、都市も郡部も、大病院も開業医も変わりはない。さまよう妊産婦、悪条件の中で踏ん張る医師。東北に交錯する「SOS」の発信地をたどり、窮状打開の道を探る。(「お産SOS」取材班)

 「5日と2時間」。通知書類には直前の9カ月半に取ったわずかな休日数が記されていた。
 東北の公立病院に勤めていた産婦人科医。2004年、過労死の認定を受けた。亡くなったのは01年暮れ。自ら命を絶った。53歳だった。「僕が地域のお産を支えているんだよ」。家族に誇らしげに語っていた。
 亡くなる半年前、医師5人だった産婦人科で1人が辞めた。後任は見つからない。帰宅は連日、夜の10時すぎ。昼食のおにぎりに手を付けられない日が増えた。
 床に就いても電話が鳴る。「急変した。診てもらえないか」。地元の開業医や近隣の病院からだった。「患者さんのためだから」。嫌な顔一つせず、職場へ舞い戻った。
 心身の負担は限界に達しつつあった。ようやく取った遅い夏休み。1人の患者が亡くなった。「自分がいたら、助けられたかもしれない」。食は細り、笑顔も消えた。
 「つらいなら、辞めてもいいよ」。見かねた妻が言った。「自分しかできない手術がずっと先まで入っている」。そんな責任感の強い医師が死の前日、同僚に漏らした。
 「もう頑張れない」
 家族あてとは別に、「市民の皆様へ」という遺書もあった。お別れの言葉をしたためていた。「仕事が大好きで、仕事に生きた人だった。そんな人が頑張りきれないところまで追いつめられた」。妻は先立った夫の心中をこう思いやる。

 本年度、東北の6大学医学部・医大で産婦人科医局の新人はたった8人。東北大と弘前大は1人もいない。学生が産婦人科医になりたがらない。
 この10年で全国の医師は約4万人増えた。それなのに、産婦人科医は約900人減った。24時間、365日の激務。母子2人の命を守るプレッシャーがのしかかる。
 出産をめぐるトラブルや訴訟の多さも、なり手をためらわせる。
 06年2月には福島県立大野病院(大熊町)の医師が、帝王切開手術で妊婦を失血死させたとして逮捕された。医師1人体制で、年間約200件の出産を扱っていた。
 会津若松市の病院で働く産婦人科医曽我賢次さん(57)は言う。「限られた体制で命を救おうとした医師が結果を問われ、刑事罰まで受けるのでは、産科のなり手は減るばかりだ」
 10年前から、曽我さんはお産の扱いをやめた。今は内科と婦人科で働く。きっかけは後輩の突然死。「熱心で優秀な医師だった。夜中に呼び出され、病院へ向かおうとして倒れたと聞いた。やりがいだけで長く続けられる仕事ではない」。大学の同期5人のうち3人は内科などに移った。

 産科は激務です。私の一般外科も決して楽ではないですが、私の
比ではないと思います。本当に産科の先生は大変です。外来はあふ
れかえり、1人や2人でやっているところはほとんど家に帰ることも
できません。それでも妊婦さんや家族に感謝され、地域の周産期
医療を支えているんだという気概だけでやっていらっしゃるとこ
ろがほとんどでしょう。ところが2006年の初めの大野病院の癒着
胎盤の症例での病死(私は事故だと思っていません。K医師は最善
をつくしたが助けられなかった症例だと考えています。いや、K医師
だったからこそ子供だけは無事に生まれることができたのだと
考えています。)での逮捕、起訴は、どうやっても助けられない
患者さんにたまたま当たった医師は医療行為と因果関係がなくて
も犯罪者にされてしまうということを世の産科医たちに示したの
です。

H16.12.17 福島県立大野病院 経産婦29歳の出産 
帝王切開するも癒着胎盤により大量出血、最終的に母体死亡
H17.3.22  福島県立大野病院 医療事故調査委員会 
県は遺族に謝罪、K医師の懲戒処分(減俸)
H17.4     福島県警 捜査 
H17.9     福島県警 事情聴取 終了

H18.2.18  福島県警 突然K医師を業務中に逮捕、拘留
          TV局が逮捕時の模様を報道

H18.3.10  福島県警 福島地裁にK医師を起訴
H18.4.14  福島県警 富岡署が県立大野病院の医師を逮捕した事件で、県警本部長賞を受賞

 現在産婦人科学会その他の学会ともK医師の医療行為に関しては
特に問題はなかったという評価です。(各学会のホームページに
は大野病院事件にたいする抗議文が提示されています。
 日本産婦人科学会 
  http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_10MAR2006.html
 日本消化器外科学界
  http://www.jsgs.or.jp/ 上から2番目の項目
 日本外科学会
  http://www.jssoc.or.jp/aboutus/relatedinf/statement2006.html
 )
 忙しい勤務の中、事故調査委員会の調査と県警の取りしらべに協力していたK医師を県警は身重の夫人の出産予定日にあわせてマスコミに事前に情報を流し、カメラを病院に配置させ患者があふれかえっている病院内の業務中に逮捕するという暴挙にでたのです。

 産科と小児科は過労死するまで働かされる.....。それでたまたま
助けられなかったら最善の医療行為がされても殺人者呼ばわりされ
職場でカメラにさらされて逮捕され犯罪者にされてしまう......。


 この現状をみた医学生がどうして産科を希望するのでしょうか?

 大野病院の一件も今回の大淀病院の一件も現場の産科医師を産科
から撤退させ、若手の産科志望者の激減につながり、各地でお産
難民が発生するという事態になっています......。

 某メジャー新聞に河北新聞の記者の爪の垢を煎じて飲ませたい..。
そんな気分になりました。

 


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【2007/01/17 23:50】 誤報 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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