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芝桜の咲く丘(2)
 吉男が個室の里子の病室のドアをノックして入ると、里子のそばに担当医と看護師がたっていた。医者と目があった吉男は「どうも失礼します。」と言った。医者は吉男をみて軽く頭を下げた。「どうぞ、奥様のそばにいらしてください。」 看護師に促されて吉男は里子のベットのそばに寄った。酸素マスクと点滴につながれた里子の目にはすでに力はなく、呼吸も喘ぎようで止まりそうな感じであった。心電図のモニターの脈拍の数字が30から40を示していた。心臓と呼吸がとまるであろうその時が近いことは吉男にもはっきりわかった。吉男は里子のまだ温かみのある手を静かににぎった。窓の外は青空がひろがり、桜が満開で花びらが静かに舞っていた。

 里子は卵巣癌であった。手術と度重なる化学療法を健気に苦痛を吉男に訴えることなく黙々と受けていた。「あなたは余計な心配しなくていいんだから。うちの事は執事の栗山にまかせてあるし、仕事に集中していればいいの。どうせ、あなたがついていようがいまいが治療には関係ないんだから……。」 吉男の目にも日々やつれていくのがわかる中での強がりは吉男にも愛おしく感じられた。そんな中、1週間前に病室を訪れた里子は見舞にきた吉男とたわいない話をしていて話がとぎれた時にふと言った。「ねえ、あなた。私がいなくなっても大丈夫ですか?」吉男は一瞬沈黙してから言った。「なに訳のわからないこと言っているんだ。おかしなこというなよ。」里子は首を横に振ると言った。「いえ、たぶんもうそんなに時間は残されていないような気がするのよ。私がいなくなったらあなたは一人ぼっちになってしまうでしょう?だから…….。」「お前は余計なことを心配しなくていいんだよ。今は自分の体のことだけかんがえていればいいんだ。」「ねえ、あなた。里美をゆるしてやってください。あなたの唯一の親族なのよ。」「もう10年前のことだ。あいつは私が引き合わせた見合い相手を嫌ったかなんだかしらんが、訳のわからぬ男とかけ落ちして私たちを捨てていった娘だぞ。親子の縁も切って、連絡もとれない状態なんだ。今更、何を言っているんだ。」「でももう過ぎたことでしょう。あなたにとってはかけがえのない独り娘なんですから……。」「まあ…..。私もあの時は感情的になっていたが…….。」「ねえ、やはり家族は大切よ。私の墓参りには里子といっしょに来て欲しいわ。」「まったく、馬鹿なことをいうな。おまえはまだ死にやしないよ。死んでもらってたまるか。」吉男がそう言うと理子はすこし、もの悲しげに微笑んだ。吉男が里子と話をできたのはこれが最後であった。彼女はその夜急変し、呼吸状態が悪化して意識を失ったのである。
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